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回想を終えて2:今と過去が交錯する街

 コロシオの街は帝国領西部の交易の中心とな街だ。


 街を北から南へと縦断する川によって西と東に街は分断され、川の中州に自治組織が置かれることによって、街の東西は繋がれている。


 川に面する街の中には幾つもの船が泊まり、帝国領南部と輸出入を行っている為、陸運のみならず海運でも帝国に大きな利益をもたらしている。


 そして今、その街には普段よりも大勢の貴族や商人達が集まり、街のそこかしこで人々がせわしなく行き交っている。


 その中をジンとミラ、人の姿に戻ったクロ。そしてアリシナは今日泊まる予定の宿に竜車を預けると、炎の魔石の交易相手となりそうな商会を探す為に市街に出てきていた。


 だがあまりにも多い人にジンはクロの手を引き、ミラやアリシナもジンの後に続き、できる限り離れないようにしていた。


「凄い人だな。有名な商会の代表や、有力貴族、それに帝国軍部の関係者らしき奴まで居るみたいだ……」


 羽織っていた外套のフードで顔を隠しながらジンは表情を引きつらせる。ただでさえ、彼にとってはコロシオの街にはいい思い出がない。


 だと言うのに、この街で軍の関係者などに見つかってしまえば、碌な事にならないのは目に見えていた。


「アリシナさん、わかってると思うが邪魔はしないでくれ。俺としてはこんなところで軍の関係者と関わり合いになりたくない」

「あら、それならもう関わっていると思うけど? 私、これでも帝国軍の中隊長を任されている立場だしね。カロルと一緒で」


 ジンの言葉に笑みを浮かべながら応えるアリシナ。しかし、彼女はどうやらこの街で軍の関係者にジンを引き渡すことを考えてはいないようだ。


「安心して良いよ、ジン君。この街に集まっている軍の関係者については、必ずしも第三皇女様の味方だとは言い切れないもの。ジン君が軍にいた頃よりも皇女様は随分と勢力を伸ばしたけど、ジン君を必ずしも守れる立場じゃない。一応は脱走兵扱いのジン君を引き渡してしまったら、保護してくれるとは思えないもの」

「そう言ってくれるのは助かるけどな……」


 アリシナの言葉に安堵しながら、しかしジンはアリシナが場合によっては、例えば第三皇女の味方となる軍関係者に会うことが出来れば、引き渡すこともあり得ると考えられた。


「にしても、何でこんなに人がいるんだ? いつもこうって訳じゃ無いだろうに……」

「あぁ、それなんだけどね。帝国領の西部を皇族関係者が納めることになるみたい。聞いた話だと第二皇女様が西部を治めることになって、この辺り一帯の視察をしているみたいなのよ」


 街に入る前に列に並んでいた商人と情報交換をしていたらしいミラがジンに対して説明する。聞けば、第二皇女は既に皇位継承権を返上し、帝国領西部のある有名貴族との婚姻を結んでいるらしい。


 その相手が、どうやらこのコロシオの関係者のようだった。


「第二皇女様については、元々次期皇帝にしようとする貴族の人達も殆どいなかったからね。まぁ、所謂政略結婚ね」

「……そうか」


 アリシナの言葉に、ジンはこれで事実上次期皇帝は第三皇女であるキャトリンに決まった事を悟る。


 キャトリンよりも幼い第二皇子を擁立しようとする貴族もいるだろうが、キャトリンの積み上げてきた実績を考えれば、この流れはごく自然に思えた。


「どうする、ジン君。第二皇女様にご挨拶でもする?」

「冗談だろ。商売の相手としては良い相手だと思うが、さすがに相手が悪すぎるよ。このコロシオを中心に活動をしている、それなりに大きな商会と取り引きが出来ればそれで充分だ」


 ジンの言葉にアリシナが肩を竦めてみせる。


 もっとも、アリシナも本気で言ったつもりは無かったのだろう。それ以上はジンに対して何かを言うことは無かった。


「ねぇ、兄様。なんか良い匂いがするよ♪」


 市街を歩く中、ジン達がやって来たのはコロシオ西部の広場。そこにはいくつもの屋台が並び、そこかしこで西部の料理を振る舞っているらしい。その中にはクロが好きそうな肉料理も一緒に並んでいる。


「ちょっとした催し物の会場にもなっているみたいだな。ちょっと食事をしていくか?」

「良いんじゃ無い。今日すぐにでも取り引き相手を探すって訳じゃ無いんだし、ここ暫く騒動ばっかりだったから、2・3日はゆっくりさせて欲しいわ」


 ミラもさすがに人の多さに疲れたのか、ジンの提案に賛成する。


 広場には幾つものテーブルが並べられ、街のちょっとしたボードゲーム大会も行われているらしい。


 クロやミラの為の食事を買いながら、ジンはその光景を見て少し懐かしさを感じる。そう言えば、彼女に会ったのはこんな場所だったと――


「ふむ……。そこの君、私と一局打たないか?」


 そんな中不意に掛けられた声。


 その声にジンの全身が固まる。まさか、そんな筈は無いと思いながら振り返れば、ジンと同じようにマントを羽織った一人の女性が彼の後ろに立っていた。


 フードを被っているせいで顔をしっかりと見ることはできないが、ジンが彼女の声を聞き間違えるはずがない。


「どうしてここに……?」

「私がここに居るのは不思議か? こういうボードゲーム大会に参加するのはちょっとした気まぐれだが、やはり来てみるものだな。再会のシチュエーションとしては申し分ない」


 言いながら女性は近くのテーブルにジンを呼ぶ。テーブルには大会で使う予定のボードゲームが置かれていて、それは互いの駒を取り合うジンのよく知るゲームだった。


「ジン、何してるの? ゲーム大会にでも出るつもり?」

「そうなの? 兄様、頑張ってね!」


 ジンが無言で彼女の向かいに座ると、様子を見ていたミラとクロが集まってくる。しかし、ジンの耳に二人の声は聞こえていない。


 そしてジンと同行していたアリシナは驚きで目を丸くしていた。


「さてと……。それではいつかの雪辱戦と行こうか」


 ジンの向かいに座った彼女が駒を動かし、トンッと駒の置かれる音が鳴る。彼女の真意を測れないジンだが、彼女が勝負を求める以上、断わることはできないと駒を動かす。


 そして、二手、三手と互いに駒を動かしていけば、徐々に戦局が代わる盤面。互いに相手の表情を見ることはできないが、勝負は殆ど互角に見える。


 様子を見ていたミラとアリシナも、いつしか盤面を食い入るように見つめていて、クロは無邪気にジンの応援を続けていた。


 そんな中、唐突にジンの手が止まる。盤面を見てしばらく黙考すると、ジンは彼女の前で自分のキングの駒を倒した。


「え? なんで……ジン?」

「まだ勝負はついていないんじゃない?」


 駒を倒すことはこのゲームにおいて負けを意味する。だがミラとアリシナにはジンの諦めが早すぎるようにしか見えなかった。


「このまま続けていても結果は変わらない。序盤のリードをそのまま守られてしまったからな」


 だがジンには既に敗北までの道筋が見えていた。


 彼女に再会したことによって、少なからず動揺をしていたのだろう。その隙を突かれて幾つかの駒を失った事が、ゲームの大局を決していた。


「灰色の軍志殿、少しばかり油断をしていたようだな?」

「あなたがここに来るとは思っていませんでしたから」

「私がいつまでも帝都で待っていると思っていたのか? ジンの行動を誰よりも熟知しているのは私だろう?」


 ジンの言葉に僅かに口元を緩めると、彼女が被っていたフードを脱ぐ。瞬間、露わになるのは陽光に煌めく銀色の髪と赤い瞳。


 自信の笑みを浮かべて、第三皇女キャトリンは今、ジンの目の前に座っていた。


「今回は私の勝ちだ。ジン、迎えに来たぞ。私の元に帰ってこい」


 そしてジンに語り掛けられる言葉に、彼女の正体を察したミラは表情を強ばらせる。一方でジンは状況のわかっていないクロを庇うように引き寄せていた。

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