ジンとクロが街に出た後、ミラはキャトリンの宿泊している高級宿に未だ留まっていた。
本当ならばミラとしてもジンの後を追いたいと思っている。しかし、クロに拒絶されて動けなかった手前、この宿を離れればジンやクロと合流することも難しいとも思い、留まることになってしまったのだ。
そしてミラは結果として、キャトリンとフォルン領でのジンとの出会いの経緯や、ここに至るまでの道程についての話をしていたのだった。
しかし、その話を聞いたキャトリンの表情は芳しくない。それはミラがジンのことを語る際に端々から感じる、彼女のジンに対する感情を感じ取っていたからだった。
一方でミラもキャトリンに対する対抗心を隠しきれない。自分の知らないジンを知っているキャトリンに対して、嫉妬にも似た感情を覚えていたのだ。
「皇女様は……本当にジンを帝国に連れ帰るつもりですか?」
「ああ、そのつもりだよ。ジン程の人材を遊ばせておくのは、国にとっての損失だと私は考えている」
「それなら他にも優秀な人材がいるでしょう?」
「だとしてもジンを手放す理由にはならない」
紅茶を飲みながらミラの言葉に答えるキャトリン。
もっとも、彼女の応えは表向きのものだったのだろう。しかし、この場は公の場でも無い。
納得のいかないという表情をしているミラに対して、キャトリンは口元を緩めながら笑ってみせた。
「だがまぁ、私としてはジンがどうしても軍に戻りたくないというのであれば、それでも構わないと思ってもいる」
「……どういうことです?」
キャトリンの言葉をすぐには理解できないミラ。そして、それは同席していたアリシナについても同じようだった。
「ハッキリと言おう。私はジン=アースを生涯のパートナーとも考えている。王位継承権の問題が片付けば、おそらく私には後継者を産むことを求められるだろう。その相手として、ジンを考えているのも事実だ」
「なっ……」
キャトリンの言葉に絶句するミラ。性の話題に対して初心なミラの顔が赤く染まるが、キャトリンはそんな彼女に対して、何もおかしな事では無いと言葉を続けた。
「帝国の王位継承については、血筋を何よりも重視している。私は皇帝にとっては正妃の子では無く、あくまでも側室の子の立場だが、現在の継承順位は一位だ。皇帝の血を引いていれば問題無い以上、私の次は私の産んだ子が継ぐのが当然だとは思わないか?」
「そ、それはそうでしょうけど……。でもそれってつまりは……。ジンがその……皇帝の夫になるって事で……」
「ああ、そうだな。そして私は今のところ、ジン以外の男と子を作るつもりは無い。皇位の継承に関して、男女はヘルテラでは男女の問題も無い。最低でも2人以上子を授かることができれば、皇帝家の存続については問題無いだろう? まぁ、暗殺のリスクは考える必要があるが」
キャトリンの言葉にミラは動揺を隠すことができない。ミラの目から見れば明らかに異常ではあるが、どうにもキャトリンが冗談を言っているようにも見えなかったからだ。
そしてアリシナもまた、キャトリンがこういった冗談を言う性格では無いと言うことをよくわかっていた。
「キャトリン様、その……いくら何でもジン君を皇室に迎えるのは、周辺貴族が黙っていないと思うのですが?」
「そんなもの、黙らせれば良いだけの話だ。その程度の力はつけているし、ジンを害する者など切り伏せるのは、既に何年も前に実証している」
「うっ……」
キャトリンの言葉にアリシナが表情を歪ませる。
ジンに対して害意を向けた第1皇子をキャトリンが切り伏せた話は、未だに帝国薙いでもキャトリンの性格を表わすのに語り継がれている。
仮に有力貴族がジンを暗殺を企てれば、その時点でキャトリンがその貴族を完膚なきまでに叩き潰すのは目に見えていた。
(これはいよいよ……ジンを渡す訳には……)
自信に満ちた笑みを浮かべるキャトリンに対して、ミラの胸に込み上げてくる焦りの気持ち。どうにかジンを彼女から引き離す必要があるとミラが思案を巡らせている時だった。
「キャトリン様、コロシオ内で内乱の報告が上がりました」
大きな音をたてて開かれた部屋の扉。
報告と共に部屋に入ってきたのは一人の男性騎士。どうやらキャトリンが連れて着た近衛兵の一人のようだった。
「内乱だと? 敵は?」
「所属は不明。しかしながら、どうやらコロシオの地下水道を拠点に敵兵力が中州より街中で無差別に攻撃を始めているようです」
「数は?」
「そちらも未だ……。勢力を徐々に拡大をしているとの報告も上がっています」
騎士の報告に険しい表情を浮かべるキャトリン。そして彼女は騎士に対して命令をとばす。
「総員、中州と街を繋ぐ連絡橋を死守せよ。敵兵力がわからない以上、橋を通すことは許さん。中州を挟んで対岸の兵士にも同様の指示を魔法にて伝えよ」
「かしこまりました」
「併せて、街中に灰色の軍師がいる筈だ。保護の上、私の元まで連れてこい。今回の内乱で力を借りることになる」
騎士はキャトリンの指示に敬礼を残すと、足早に部屋を出て行く。俄に外が騒がしくなり、宿に集まっていた兵士がそれぞれに動き始めたことがミラにもわかった。
「さてと、私達も行くぞ」
「え?」
そしてキャトリンも立ち上がると、部屋の中に持ち込んでいた武具を身に着けていく。
「キャトリン様、危険です!」
そんな彼女の行動をアリシナが諫めようとするが、どうやら彼女は引くつもりは無いらしい。
「今回の式典は皇族と帝国領西部をつなげる為の式典だ。ここで皇族である私が立ち上がらなければ、西部の皇室に対する信頼は地に堕ちる」
「そ、それはその通りですが……」
言いながら帯剣をするキャトリン。そして彼女は、言葉を交わしていたミラに問いかける。
「ミラ=フォルン。お前はどうするつもりだ?」
「私……、私は……」
その言葉に迷いを見せるミラ。彼女自身には戦う力など残っていない。一民間人として、避難をしているのが普通だろう。
だがもしもここで逃げれば、もう二度とミラはジンに会えない気もしていた。
「私も行きます」
ハッキリと口にした言葉。その言葉にキャトリンは満足げな笑みを浮かべる。
「それでこそジンの選んだ女だ。安心しろ、今回に限り、お前のみの安全は私が保証してやる。ついて来い」
言いながら部屋を出ていくキャトリン。そんな彼女の後ろでアリシナが困惑の表情を浮かべるが、皇女を一人にする訳にはいかないとついて出て行く。
街では既に戦いが始まっているのだろう。高級宿を出れば、ミラの耳に届いたのは兵士達の出陣の声だった。