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第13話:結界

 連絡橋の守備を任されていたアリシナはジンを乗せた黒竜が骸兵をなぎ払いながら土壁を飛び越すように戻って来た時、動揺を隠せなかった。


 無理も無いことだ。


 黒竜の背に乗ったジンが抱いているのは傷を負ったミラであり、彼女の着ている衣服には血が滲んでいる。それなのにミラは猿ぐつわをされており、後ろ手に両手を拘束されていたのだから当然だ。


「ジン君、これはどうしたの? ミラさんは一体……」

「アリシナ……。いや、ちょうどいい。何処か人払いのできる部屋を! それからその部屋の中に小さくても良い、ミラが入れるだけの聖結界を張ってくれ!」

「え? ええ、わかったわ」


 ジンの求めに疑問符を浮かべながらもアリシナは避難を終えた近隣の宿に入ると、精霊魔法を使って結界を張る。そしてジンがその聖結界の中にミラを横たえた。


「クロ、ミラの身体に、クロには見える靄が掛かっているか?」


 あわよくば、聖結界の中であれば靄を打ち消せるかもしれないとジンは思っていた。しかし、ジンの問いかけに人に戻ったクロが首を横に振る。


 クロの目に見えるミラの身体には未だ濃い靄が掛かっており、未だにギシアによって身体の自由を奪われていることが確認できた。


「駄目……。姉様の身体……まだ操られている……」

「……そうか」


 クロの言葉にジンは苛立ちをみせる。しかし、それでももう拘束は必要無いと判断して後ろ手に縛っていた彼女の両手の拘束を解く。


 その瞬間、ジンに向かって伸ばされたミラの両手。しかし、その手はアリシナによって張られた聖結界によって阻まれてジンに届くことは無かった。


「ジン君! これはどうなってるの? ミラさんはどうして? それに皇女様はどうしたの?」


 アリシナがジンに問いかける。


 そんな彼女にジンはコロシオ東部であった出来事を説明する。その内容を聞いて、アリシナはこの絶望的な状況に顔を青くしていた。


「ミラさんが操られて……、第二皇女様は敵陣の中……。キャトリン様は生死も不明なんて……」


 既にコロシオは都市機能すら麻痺している。辛うじてコロシオの西部が機能しているのは、連絡橋を塞いでいたことによるところが大きい。


 しかしその封鎖が破られるのも時間の問題だろう。


 クロが連絡橋にいる骸兵を幾らかなぎ払ってきたとは言え、時間経過で骸兵は数を増している。その上、運河の中を渡ってきた骸兵が少しずつ数を増やしているらしい。遠隔攻撃のできる魔法使いや弓兵が水際で東部への上陸を阻止していた。


「ジン君、私と一緒に来て! キャトリン様を責めて救出しなきゃ! 今の帝国にはキャトリン様が必要なの! 皇位継承だけじゃない。こんな最悪な状況、キャトリン様無しで打開なんてとても……」


 アリシナがジンの手を取ろうとする。


 しかしジンは差し伸べられた手を握れない。この状況を打開する方法が無い訳ではない。だがそれも、ミラやキャトリンが現在の状態では、とても実行には移せなかった。


「兄様、兄様は何をしようとしていたの」


 この状況を打開するためにジンが何をしようとしていたのかをクロが問いかける。おそらくはジンならきっと何らかの方法を考えてくれると信じていたのだろう。


 そしてジンは重々しく口を開いた。


「コロシオの骸兵の拡大が、今の帝国においては最悪の状況を作ることになる。だから俺は、本当なら今のミラにしているように、コロシオ全体を覆う聖結界を張ることを考えていた」

「そんな大規模な結界……とてもじゃ無いけど私には……」

「そうだろうな。確かにアリシナ一人ではどうしようも無いが、キャトリン様がこっちにいたんだ。もう増援も依頼しているんだろ? その増援にいる魔法使いとこの街にいる魔法使いが総力を出せば、少なくてもコロシオの街を包囲するだけの聖結界を張れる筈だった」


 ジンの言葉に、キャトリンが周辺の帝国軍を呼び寄せていたことに思い至る。アリシナも確かにそれならば恒久的では無いにしろ、結界内に骸兵を隔離できると考えていた。


「現状、最悪なのは被害の大きさじゃない。俺達に時間の余裕が無い事が問題だ。コロシオから骸兵が溢れ出すかもしれない状況に、常に後手に回っている。だからまずは時間の余裕を作り出すんだ。それができれば第二皇女様の救出の手立てや、今回の首謀者であるギシアへの対抗措置を考える事が出来た。だが――」


 言いながら結界内で動けなくなっているミラを見る。


「今、結界を閉ざせばミラやキャトリン様をこの結界に残していくことになる。そんなこと……俺には……」

「ジン君……」


 ジンの言葉にアリシナが奥歯を噛みしめる。


 数日とは言え、アリシナもジンと一緒に生活してきた仲だ。街を覆う程の結界の中にミラを残せばどうなるかなど、アリシナにもよくわかっている。だが――


「だったら、その決断は私がするわ……」


 アリシナは決意を口にした。


「この街から骸兵を出す訳にはいかない……。だからジン君、私は増援の到着次第、街を覆う結界の準備を進めるわ。だから……、ジン君はこれからどうするのかを考えて。皇女様達の救出や、ミラさんのこと、とても一人で打開する方法なんて考えられないかもしれない。でも、もしも何かができるとしたらジン君しかいない……。それでもどうしようも無い時は……、私が泥を被るから」


 コロシオを封鎖する結界を張れば、おそらく帝国軍はコロシオにいる骸兵を殲滅するための大規模魔法での爆撃を行うだろう。そうなれば、指揮を執っていたアリシナに非難が集まることを避けようがない。それでもアリシナは、ここで判断を誤る事が出来ない。


 だからこそ彼女はジンを信じて托した。


「大丈夫。私の信じるジン君なら、きっとまだ何かできないか考えてくれるはず。私の事も助けて、灰色の軍師様」


 そう言い残して去って行くアリシナ。


 残されたジンは結界内のミラを見つめていたのだった。

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