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第14話:二人の皇女

 キャトリンはコロシオの地下水道の中に身を潜めていた。


 中州へと生活排水などを流す下水は酷い悪臭が漂い、そこかしこに骸兵が徘徊していたが、地上を行けばギシアに見つかる可能性がある。


 地上で風魔法による強襲を受ける可能性を考えれば、まだ骸兵を焼き払いながら地下を進んだ方がマシというものだった。


「なるほどな……。どうやらここにギシアはいたらしい」


 やがて彼女が辿り着いたのは地下水道の一角。


 そこにも何人かの骸兵がいたが、その骸兵の大半は身体を風魔法に切り刻まれているようで、這いずるだけで動けないモノも多くいる。


 何よりも壁などに飛散している血の跡が、この場所で彼等がギシアの魔法で切り裂かれたことを物語っていた。


「皮肉なモノだ。ギシアが瀕死になって辿り着いた地下水道が、今私を守ってくれているとは……」


 既に絶命してる骸兵達を焼き払うと、キャトリンはその場で腰を下ろす。この数時間で魔法を使いすぎた為、既にキャトリンの疲労は限界だった。


(この状況を打破する為にはどうする?)


 地下水道の中で思考を巡らせる。


 同時に考えるのは何かを思いついた様子だったジンのこと。自分と比肩する、或いは自分を凌駕する思考を持つジンをキャトリンは信頼している。


 だからこそ、ジンが何を思いついたのかを推測する。 


 今現在、身を隠しているというこの状況が、キャトリンに思考をする時間を与えていた。


(問題は、この骸兵の増加速度だ。傷を理由に増加を続ける骸兵の拡大を一時的にせよ止めることをジンも考えたはずだ……。ならばジンのとる手は……)


 キャトリンが想像したのは連絡橋を塞ぐ様に彼が指示して作った土壁のこと。おそらくはジンには自分のように骸兵を焼き払うというような選択はとれない。


 だとすれば残された可能性は、土壁やそれに準ずる何かで街を封鎖するということ。その封鎖の間に全てを解決する方法を探すというものだろう。


(なら私に出来ることは……)


 キャトリンはそこまで考えて小さく笑う。


 普段の彼女であれば少なくても誰かを斬り捨てると言うことを選んでいたはずだ。だが、ジンは誰かを斬り捨てることを選ぶことはしないだろう。


 この街にでた被害を0にすることはもうできない。できないとしても、救える命があれば救うことを考える筈だ。


 キャトリンは再び剣を手に立ち上がる。


(本来なら自分一人でコロシオの西部に戻ることを考えるべきだろうが、今はジンに時間を与えることが必要だ。私がコロシオの西部に向かえば、ギシア自身がコロシオの西部へ向かうだろう。そうなればコロシオの封鎖も叶わなくなるかもしれない。ならば私はこの東部でできることを考えるしかない……)


 そう考えながらキャトリンは再び地上へと続く道へと向かう。


「さぁ……、兄様……知恵比べと行こうか。兵の数の上では分が悪いが、負けるつもりなど毛頭無い!」


 宣言するとキャトリンは剣を手に地上へと飛び出す。


 瞬間、自分の市を知らせるかの如く火炎を放って周囲の骸兵を焼き払う。するとギシアが自分に目掛けて宙を飛んでやって来る。


 その光景を見てキャトリンは挑発するように嗤うと、再び地下水道へと身を隠す。そんな彼女を見て、ギシアは怒りの表情を浮かべていた。


(全てはジンの為に……。今はギシアの怒りの矛先を私へと向けさせる)


 キャトリンは決意と共に地下水道を駆けていく。ギシアは反撃を恐れたのか骸兵の一群を地下水道へと戻すと、キャトリンへの追跡を始める。


 そんなギシアの判断によって、コロシオ西部へ向かう骸兵の歩みが遅くなり、かつ聖堂を包囲していた骸兵の壁が薄くなっていることに、彼はまだ気が付いていなかった。



 ………………。



 キャトリンが骸兵達を引きつけ始めていた時、帝国第二皇女・フローライト=ヘルテラは聖堂に立て籠もったまま、先程の光景を思い出して震えていた。


 自分を助けに来てくれたと思える黒竜に乗っていた男性。そして、そんな彼を阻もうと宙を飛んでいたのは彼女のよく知る兄。


 しかし、そんなことはあり得ないとフローライトは思っていた。


(兄様はもう十年近く前にこの街でキャトリンに……)


 自分よりも優秀な二人の兄妹について考えながら、かつ彼女は自分の置かれている状況を客観的に考えていた。


「私達はここに居て良いのでしょうか?」


 彼女の口から出たのはそんな言葉。


 しかし、その疑問を周囲の近衛兵や彼女の婚約者は否定する。


「外の亡者の中に入れば、我々も同じ目に遭います」

「第二皇女様を危険にさらす訳にはいきません」

「状況が好転するのを待つ方が賢明です」


 彼等が口にするのはできない理由。


 だがフローライトは確かに耳にしていたのだ。死んでいたはずのギシアが口にしていた言葉を……。



「愚かな妹だったが、生かしておいて良かった。こうして灰色の軍師を誘き寄せる役にはたったんだからな……」



 自分には何の才覚も無いことは彼女自身がよくわかっている。


 皇女として産まれながら、皇位継承の候補としてもスペア程度のお飾り。有力貴族と婚姻を結び、帝国の跡目争いからも脱落する。誰の記憶にも残らない存在。


「ここにいて……言い訳はありません!」


 だが、だからと言って彼女が無能である訳では無い。


「兄様……。いえ、骸を操っている逆賊・ギシアは言いました。生かしておいて良かった……と。この言葉から推測するに、私達はギシアにとってはいつでも殺せる存在だと思われている訳ではありませんか?」

「そ、それは……」

「ここで救助を待つ? それが帝国皇女の振る舞いでしょうか? 私達には民を守る責任がある筈です! 違いますか?」


 フローライトの言葉に彼女を守っていた近衛兵達が押し黙る。そしてそんなフローライトの肩を抱くように。婚約者の男がフローライトの傍に並び立った。


「そうだね。フローライトの言う通りだ。このまま囮として使われるくらいなら、僕達は戦う道を選ぼう。それが貴族や皇族としてのあり方だ」


 婚約者の言葉に、二人を守っていた兵士達が頷きを返す。そして彼女達は聖堂から脱出を試みる。眼下を見れば、幾らか骸兵が減っている。


 強行突破は無理だとしても、黒竜に乗った彼のように屋根伝いに移動することができれば……。


「フローライト、僕は君を誤解していたようだ」


 思考を巡らせる中、フローライトに語り掛けた婚約者。


「君にこんなにも勇気があるとは思わなかった」

「勇気なんてありませんよ。本当は怖くて、逃げたくて、このまま閉じこもっていたいのが本音です。でも私は……、あのキャトリンの姉ですから……」


 近い未来に女帝になるであろう妹のことを考えるフローライト。せめて彼女に恥ずかしくない姉であろう。それはフローライトに残っていた、姉としての矜恃だ。


「そうだね。なら僕もせめて君に並び立つ男にならないと……」


 言いながら婚約者の男も剣を持つ。


「君は僕が守る。僕の皇女様」


 そう言って微笑みを浮かべる彼を見て、フローライトは自分の胸がトクッと強く鼓動を打つことを感じていた。

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