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第15話:反撃の糸口

 薄暗い部屋の中、アリシナによって張られた結界の光がうっすらと室内を照らしている。その中でジンは黙考をしていた。


 室内にはクロもいるが、いつしか彼女は安らかな寝息をたてている。無理も無い。コロシオに来てから碌に休まずに動き続けていた二人。


 既に日付は変わっている。外の状況は刻一刻と深刻になっているが、ジン達のいる部屋の中には外の喧騒は聞こえてこなかった。


「んっ……、んんっ……」


 そんな中、結界の中に入れられていたミラが身じろぎをする。そして彼女は起き上がろうとして、自分が後ろ手に拘束され猿ぐつわを噛まされていることに気が付いて、戸惑ったような表情を浮かべていた。


「ミラ、気が付いたのか」

「……っ」


 ミラが目を覚ましたことに気が付いたジンが声を掛ける。少し前まで結界から出ようとしていたミラの動きが止まり、今はミラが自分の意志で身体を動かしているのだろう。


 ミラがジンの声に応えるように頷きを返していた。


「すまない。俺を守ったばっかりにお前が操られるきっかけになるなんて……」


 ジンの言葉にミラが頭を振る。その上でミラが「仕方ないでしょ」と言わんばかりの微笑みを浮かべていた。そこに至ってジンはミラの様子が今までと違うことに気が付く。


 ミラの身体は、確かに彼女が眠っている間はギシアの魔力の影響に侵されている所為か、結界からどうにか這い出ようと藻掻いているように見えた。


 だが今、目が覚めたミラは自分の意志で身体を動かしているように見えたのだ。


「ミラ、自分の意志で身体を動かせるのか?」

「……?」


 当たり前でしょ、と言わんばかりに後ろ手に拘束されながら身体を起すと、試しに首をふってみせ、立ち上がってみせる。相変わらず結界内からは出ることはできないようだが、それでも自分の意志で動けるのは確かなようだ。


「靄が薄くなっているよ」


 そんな中、不意に声を掛けられてジンが見れば、クロが寝ぼけ眼を擦りながらミラを見ていた。


「靄? 俺には何も見えないが、ミラの身体を操っているギシアの魔力のことだよな?」

「うん、たぶん呪いとかに近いものだと思うけど……」


 結界の中でも靄が消えることは無かった。だが、その靄が少し薄くなっている。おそらくはその結果としてミラは今、自分の意志で身体を動かすことが出来るようになっているのだろう。


(待てよ……。ということは……)


 ジンが結界の中に手を伸ばす。その手に怯えるようにミラが身体を強ばらせ、クロがジンの手を引き戻そうとする。しかしジンは躊躇うこと無くミラに噛ませていた猿ぐつわを解いた。


 もしもミラの身体が完全に操られていれば、ジンを傷つけるために操られたミラの身体はジンの腕に噛みついていただろう。だが猿ぐつわを解いてもジンを害そうとはしない。


 それどころか、ミラの方が、自分がジンを傷つけてしまうのでは無いかと怯えの表情を浮かべていた。


「これは……、大丈夫? この結界の効果……?」


 戸惑いの表情を浮かべるミラ。しかし、結界だけの効果では無いとジンは確信をしていた。


「クロ、すまない。アリシナを呼んでくれないか?」

「う、うん。わかった」


 ジンの求めに応じて、クロが部屋の外へと向かう。そして二人きりになるとジンはミラの両手の拘束さえ解いてしまった。


「ジ、ジンっ! 何考えてるの! 私を拘束していたのは、私の身体が操られないようにする為でしょ!」

「いや、おそらく問題無い」


 ジンの言う通り、ミラの腕の拘束を解いてもミラは身体を操られてはいない。その事実にミラは結界の中で戸惑いの表情を浮かべていた。


「ジン君、何を!」


 そこに戻ってくるクロとアリシナの二人。二人はミラの拘束が完全に解かれていることに驚きの表情を浮かべる。しかし、ミラが操られていないことを理解すると、二人はそれぞれに驚きの表情を浮かべていた。


「これは……操られてないってことは、魔法の効果がきえたの?」

「違うと思う。クロにはまだ、姉様の身体にうっすら靄がまとわりついているのが見えるもん」

「でもさっきまでは勝手に動いていたのよね? それなのに今は……」

「たぶん、今はミラの意識があるからだ」


 言葉を交わす二人に対して、ジンが自分の推測を口にする。


「そもそも、俺はずっと違和感があったんだ。ギシア……、いや、あの悪魔の力か? あいつらの使っている魔法は強力だ。傷をつければ、そこから呪いのようなもので身体を操っている。だがな、それならどうして人の命まで奪う必要がある?」

「……どういうこと?」

「かすり傷でも負わせれば、後は操り人形にできるんだ。わざわざ操った人の命を奪う程の大きな傷をつければ、その傷がきっかけに長い時間操ることができなくなる」


 そうで無くても戦いの場に操った人々を送れば、魔法や武器での反撃を受けて、いずれは動けなくなる可能性が出てくるだろう。


 それならば、傷は最小限に操ることが最も効率的だ。


「だけどギシアはわざわざ、操ることができるようになった人の命まで奪うことを優先した」


 ジンが思い出したのは、身体の自由を奪われた連絡橋の店主の姿。彼は完全に操られていたが、その店主に対して骸兵が群がって、彼の命を奪ったのだ。


「結界だけでは呪いを解くことはできない。でも、結界の中で意識があれば、身体の自由を取り戻すことができるんじゃ無いのか?」


 全ては推測に過ぎない。


 しかし、その仮説が正しければジンの中で今まで持っていたカードがそれぞれに意味を持ち始める。


「ギシアは人の意識が残っていることを恐れている。ギシアが完全に操れるのはもう目覚めることのない死んだ人達だけ。あの森の洋館での人形使いと同じだ。意志のない人形しか、ギシアは操れない。だから――」


 ジンの中で一つの策が輪郭を帯びる。


「いける……。これでギシアからこの街を取り戻せる」

 そして反撃の糸口を掴んだジンは、不敵な笑みを浮かべたのだった。

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