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第16話:ミラとの約束

 コロシオの西部ではジンの作戦を元に多くの人々が慌ただしく動いていた。その中でクロとジンの二人はミラの傍にいた。

 ジンは今回の作戦の立案として未だ起きていたが、クロは再び眠っている。


 結果的に二人は部屋の中で二人きりに近い状態になっていた。


 ミラは猿ぐつわこそされていないが、両手は前に枷が着けられている。


 眠ってしまい意識が無くなれば、また彼女の身体の主導権が奪われることになる。その為、念の為にミラの自由には制限がつけられていた。


「不便なものね」

「すまないな。俺を庇ったから……」

「そう言うのはもういいから」


 ジンの言葉に呆れたように嘆息するミラ。その上で彼女はこの上たでも笑って見せた。


「あなただって、状況が違ったら私の事を庇っていたでしょ。森の洋館の時はあなたが私を庇って、今回は私があなたを庇っただけ。だから気にしないの」

「そうなんだがな。ハッキリ言って、今回の作戦は推測の上で成り立っていることが大きい。もしも俺の考え違いだったら……」

「それこそ考えるだけ無駄。それにね、私はジンの考えが間違っているとは思えない」


 両手を拘束されたまま、ミラはジンを見つめる。


「私はあなたが軍師だった時のことは知らないし、今回の首謀者のギシアって人のこともよく知らない。でもね、私の身体に纏わり付いてる呪いって言うの? 私が起きている間は何も出来ないのはちょっとわかる。たぶん、この呪いを使ってる人の心根が関係しているんでしょうね。ギシアには所詮、自分の意志の無い人しか従えられない」


 冷たくも思えるミラの言葉。しかし、ジンはそんな彼女の言葉にギシアの抱えているコンプレックスが垣間見えたような気がした。


「そんな人が、あのキャトリン様や私が認めているジンが負けると思う? 私はここでこの呪いが解けるのを待っているわよ。ジンならちゃんと私の事を助けてくれるでしょう?」


 ジンを信頼しているミラの言葉に僅かに顔を赤くするジン。そしてジンは結界の中に手を入れると、ミラの手に触れた。


「今回の一件の片がついたら、改めて今後のことを話さないとな」

「今後の事?」

「ああ、俺はこの流通の拠点になっているコロシオの商人と、炎の魔石についての商談を纏めようと思っていたんだ。でも、今回の片がついてもしばらくはコロシオは商業都市としては動けないだろ」

「あぁ~……、それはそうね」

「だったら、新しい商談相手を探す必要がある。帝国西部には他にも街はあるし、そういう街に行くのも良いと思うんだが……」

「それはありがたいけど……、いいの?」

「何が?」


 ジンの言葉に言い難そうに視線を彷徨わせるミラ。しかし、意を決したように彼女はジンに問いかけた。


「キャトリン様のことよ。キャトリン様、あなたを連れ戻すために追いかけてきたのよ。あの人と一緒に居れば、あなたの将来は安泰でしょ? キャトリン様、ジンを将来の伴侶にしたいって言っていたわよ……」

「なっ……」


 その言葉にジンが顔を赤くする。しかし、ジンは「それはない」とキッパリと断言した。


「キャトリン様に拾って貰った恩はあるけど、俺がキャトリン様と釣り合う訳無いだろ? 相手は皇位継承権第一位の皇女様だぞ」

「それでも、ジンがいいって言われたら? 商人を続けているよりも、ずっと贅沢な暮らしができるとしたら?」

「それでも俺はキャトリン様との婚約とか考えられないよ。今の俺は、俺が一番辛かった時に支えてくれたクロの幸せしか考えられないし、それに今は……」

「……今は何よ?」


 ミラの青い瞳をジッと見つめるジン。僅かに頬を紅潮させながらジンを見つめ返すミラ。二人の瞳にそれぞれの相手の顔が映っている。


 トクッと強く鼓動を打つ二人の心臓。


 しかし、ジンはその中で視線を外すと、ミラに背を向けた。


「続きは……お前が助かってからだ」

「そ、そう……」


 言いながら背を向けるジンを見て、ミラは少し安堵の表情を浮かべる。だが彼女もジンの言わんとしていることは分かったのだろう。


「そう言えばさ、竜車であなた作っていた紅花のドライフラワーのこと覚えてる?」

「ん? あぁ……、イメダ領で貰ったヤツだよな」

「今回の件が終わったら、あれ……私にくれる?」

「そうだな。もともとそういうつもりだったし……」

「約束したからね。クロでも無く、キャトリン様でも無く、アリシナさんでも無く、ちゃんと私にちょうだい。約束してくれる?」

「……わ、わかった」


 ミラの言葉に気圧されながら頷くジン。


 ややあってミラが寝るから猿ぐつわをしてと言われて、ジンが彼女の口を封じるとミラは早々に横になってしまう。


 そんな彼女の姿を見ながらジンが部屋から出ると、中に入る機会を伺っていたのか、扉の前にはアリシナが立っていた。


「こんなところで何してるんだ?」

「別に……。ただまぁ、いよいよやばいなぁって思っただけ」

「やばい? ミラに何かあるのか?」


 アリシナの言葉に呪いの効果の悪化を考えるジン。しかし、アリシナは嘆息して小さく呟いた。


「紅花の花言葉……知ってる?」

「いや、知らないけど……」

「化粧とか包容力とか色々あるけどね、その中の一つがミラさんは欲しかったんじゃない? 『特別な人』って意味があるの。それを欲しがったんだから、ミラさんの想いくらいわかるでしょ?」


 呆れたようなアリシナの言葉に顔を赤くするジン。一方でアリシナはニコッとジンに対して微笑みを向ける。


「私だってジン君を渡すつもりは無いけどね」と――。


 夜明けまであと数時間。


 夜が明ければ近隣から向かっている帝国軍の増援がやって来るだろう。その先頭に立つ覚悟を決めて、ジンはミラとの約束について思いを巡らせたのだった。

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