目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第19話:黒い靄と光の柱

「何故だぁあぁっ!」


 多くの骸兵を引き連れながら、ギシアはキャトリンの手を引いて逃げていくフローライトの背に向かって叫んでいた。


 キャトリンだけが刃向かうのなら、まだ彼には理解できていた。だが命を奪わず生かしておいてやったフローライトまでもが自分から離れるように逃げていく様子が彼には理解できなかったのだ。


(おいおい、そんなに取り乱すなよ。落ち着けよ)


 そんな彼の頭の中で誰かの声がする。その声は嘲るように取り乱しているギシアへと語り掛ける。


(あのフローライトだって、お前にとっては邪魔な存在だってわかっただけだ。ミラ=フォルンと同じように、あの女にも傷をつけて骸の中に並べてやればいい。それだけだろう?)


「あぁ……。そうだ……そうすればいいんだ。そうすれば、もうキャトリンも、フローライトも誰も俺には逆らえない……。この世界は完全に俺のモノになるんだ……」


(そうそう、その調子でアイツも操ってしまえばいい)


 ケラケラと頭の中で響く声。その声につられるようにギシアが醜悪な笑みを浮かべれば、彼は再びキャトリンとフローライトを追うように骸の兵士達の進軍を始める。


(そうだ。それで良い、手始めにこの街をお前の敵を吞み込んで、このまま帝国ごと死者の軍勢で制圧してしまえばいい。そうなれば後はお前の思うままだ)


「全部……俺の……、帝国は俺の……」


 ギシアの身体に纏わり付く黒い靄。彼の瞳にはその靄がハッキリと見えている。それはいつか彼が感じていた、自分の身に纏わり付いていた後ろ盾となっていた有力貴族達の影響力という名の糸と何ら変わりは無い。それでもギシアはやはり、その靄を自分で払うこともできなかった。


 一方でフローライトに手を引かれて逃げるキャトリンも、ギシアの変化を気づき始めていた。


 一貫して、ギシアは彼の命を絶ったキャトリンへの復讐を果たそうとしている。だが、その中でキャトリンに見える彼の身に纏う黒い靄は、更に大きく成長をしようと手しているように見えたのだ。


「ギ、ギシアは……どうなっているのですか? どうして、あんな黒い靄を身に纏って……。キャトリン、どうして……?」

「姉様にもあの靄が見えるのですか?」

「見えるのか? あんなにハッキリと見えているでは無いですか」


 フローライトにもギシアの身に纏う靄がハッキリと見えているのだろう。だとすれば、あの靄を見る為の条件は――、


 そこまで思考を巡らせてキャトリンはその考えを振り払う。それは今はまだ、検証をする必要の無い考えだったからだ。


「ここからどこに向かえば……」

「コロシオの西部から東部に向かいましょう。あと少しで夜明けです。軍の増援も夜が明ければ、随時こちらに送られてくる。そうなれば後は、ジンが何かをしてくれるはずです。

「ジン? それは……」

「私が最も信頼を置いている軍師ですよ」


 キャトリンの言葉にフローライトが頷きを返す。そして一行は屋根伝いにコロシオの東部を目指して進んでいく。すると、その瞬間だった。


「あ、あれは……」


 コロシオの街の東部。川を挟んで半円を描くように幾つもの光の柱が立ち始める。それは、骸兵を帝国領内に放たないように作られた結界の壁だった。


「あれは結界ですか……?」

「はい、おそらくはジンが帝国の増援と協力して作ったのでしょう。そうなれば、後はこの街にいる骸兵達とギシアを討伐するだけです」

「ほ、本当ですか!」


 キャトリンの言葉に表情を明るくするフローライト。


 しかしキャトリンは妙だとも思っていた。もしもジンが本当に増援と共に結界の展開を指示したのならば、コロシオの西部もまとめて取り込むように結界を広げていただろう。


 そうなれば後は遠距離から結界内の殲滅を行えばいいだけ。しかし、彼の作った結界は街の半分しか囲んではいなかった。


(どういうことだ……。魔力が足りない? それは無い筈だ……)


 キャトリンが思案を巡らせる。


 そんな中、不意に光の柱が更に幾つも立ち上がる。その柱は今回の骸兵の発生場所とも言える、運河の中州から天に向かって立ちのぼっていた。


「あれも結界でしょうか?」

「わかりませんが……。あの光の柱が立っていると言うことは、おそらくはこちらに向けてのジンからのメッセージのようなものなのでしょう。だとしたら……、反撃の糸口を何か掴んだのかもしれません」


 キャトリンの赤い瞳にうつる光の柱。


 キャトリンもフローライトもコロシオの東部を越えて、更に街の外へと向かうには体力的に厳しい。ギシアを振りはらう事も難しく、彼女達を守る近衛兵達も徐々に疲弊している。


「皇女様!」


 そんな中、突如として二人の目の前に現われたのは黒い竜。その姿を見て、小さく悲鳴を上げたのはフローライトだが、キャトリンはそんな姉を支えていた。


「クロか……。こんなところにどうした?」

「迎エニ来タ。兄様ガ、呼ンデル」


 クロの言葉に逡巡するキャトリン。


 チラリと自分達の背後を見れば、怒りの表情を浮かべたギシアが二人を追ってきている。追いつかれるのは時間の問題だろう。


「迷っている時間はない……か。姉上、ここはジンを信じるしかありません!」

「わかりました!」


 キャトリンとフローライトが共にクロの背中に乗る。そしてクロはギシアに追われながら、光の柱が立つ中州へと向かったのだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?