暗い地下水道の中、悪魔と結びついたことによって肉体を取り戻したギシアは歓喜していた。傷一つで骸を操る能力を得たことによって、彼はおよそ多人数での戦争であれば無敵とも思えるような力を手に入れていた。
自分が妥当さえされなければ、加速度的に肉体の支配権を奪う人間は増えていき、操った人間の命すらも奪ってしまえば、肉体が物理的に破壊されない限りは永遠に自分の手駒とできる。
この力さえ使えば、もう二度と負けることはないとギシアを依り代にした悪魔がほくそ笑んだのも無理はないだろう。悪魔の力はギシアの王家の魔力と深くつながり合って、数段力を増していたからだ。
(以前に乗り移った女は手駒を手に入れる為には時間的な制約が多く、一度に複数人を操ることには限界があった。だが、この男の操作を元にするのなら、一度に複数人を操ることも可能だ……)
悪魔の思考はギシアの思考と重なる。
しかし、ギシアは悪魔の依り代となりながらも慎重だった。自らの力の弱点は傷をつけなければいけないと言うこと。彼が狙うキャトリンや灰色の軍師に力の秘密を知られれば、距離をとった上での遠距離魔法で殲滅されることは想像に難くない。
それを回避するためには幾らかの作戦を練る必要があると考えいた。
(そんなことをしなくても、正面からの力押しで帝国中を支配下に置くことは可能だろう? 手始めにこの街を……、この街に住む全ての人間を支配下におけば……)
悪魔がギシアの頭の片隅で囁く。しかし、ギシアはそんな悪魔の言葉を一笑に伏した。
「俺の目的は最終的には帝国を支配下に置くことなのは間違いない。だがな、その為に俺が動けば必ずキャトリンや灰色の軍師が立ちはだかるだろう。お前の目標であミラ=フォルンへの復讐を果たすためにも、まずは俺達の障害となる二人を配下に加えることを考えなくては……」
幸いにも、配下とした街の人々の記憶によって、この街にギシアの最大の障害であるキャトリンがこの街に滞在していることを知ることができた。
ならば、後はキャトリンに手傷を負わせれば良いだけ。その為に彼はキャトリンが優先的に助けるであろう第2皇女のフローライトを餌としてキャトリンを誘き寄せることにした。
だが結果はキャトリンよりも先に、ギシアの復讐相手であるジンが先に救出に現われてしまう。その上、ジンは何故か手傷を負えば、自分が操られるということを知っていたのだろう。
同行させていた黒竜に自分を守らせていたのだ。
王家の魔力と言っても万能ではない。ギシア一人の力では、とても頑丈な竜の鱗を破壊する事はできない。最悪、黒竜の一体でギシアが打倒される可能性があった。
(誤算だった……。まさかジンがあの黒竜を連れているとは思わなかった。もしもジンがあの黒竜を利用して俺を倒そうとすれば……、骸兵ではとても竜を止めることは出来ない。そうなれば俺の復讐は……)
ギシアは思考を巡らせて、ジンに手傷を負わせる方法を模索する。その中でギシアが二人よりも先に悪魔の目標であるミラ=フォルンに手傷を負わせたことは、まったくの偶然だった。
悪魔はギシアに囁き掛ける。
このミラを利用して、ジンやキャトリンに手傷を負わせれば良い、自分の配下にしてしまえば良い、と――。
しかしジンやキャトリンはギシアの思惑など見透かしていたのだろう。せっかく手駒としたミラの身体の自由を奪い、万が一でも彼女がジンやキャトリンを傷つける可能性を潰したのだ。
(どうすれば良い……。どうすれば……ジンやキャトリンを傷つけることができる? どうすれば、ジンやキャトリンの想像を超えることができる?)
その中でギシアは不意にミラへの支配が弱まったことを感じる。けっして彼女の身体を操る事が出来ない程ではない。しかし、確か自分の力の一部ミラから離れたことを感じたのだ。
そしてその感覚は、ギシアが自分の手駒とした兵士を、フローライトのいる教会内部に侵入させた時の感覚に酷似していた。
「そうか……。ならば……、この状況を逆手にとれば……」
ミラへの支配が弱まったことをきっかけに、ギシアは一計を案じることにする。それは、ジンに対して偽りの希望を見せること。
結界の中であれば、自分には手駒とした人間を操ることはできないと錯覚をさせたのだ。
そして今、中州に張られた結界の檻の中、ギシアは自分の想像通り、ジンが大勢の帝国軍の兵士を連れ、自分の目の前にやって来たことに策が上手く言ったことを確信していた。
(何も知らずに……、馬鹿なヤツだ……。こんなにも多くの兵士を連れ、俺の手駒になりに来たんだからな……)
例え結界の中であろうとも、ギシアに操られないものはいない。確かに肉体の支配権は弱まるが、行動の自由を防ぎ骸兵を使って命を奪えば、彼に忠実な兵士となる。
「行け、骸兵ども! 思い上がった灰色の軍師に絶望を見せてやれ!」
ギシアの命令によって、虚ろな目をした兵士達が群となってジンの1弾へと襲い掛る。ジンが連れていた軍服を着た人々に傷を刻み、その悉くを配下に加えるつもりだった。だが――、
「なんだ……。これは……」
ギシアは驚愕する。
骸兵が襲い掛り、軍服を切り裂いても、そこに人間はいない。木箱やバケツ、桶などで作られた案山子のようなものが、軍服を羽織っていただけだったのだ。
(まさか……読まれた? この俺の計画を……)
動揺するギシア。それでも彼は勝利を疑わない。
帝国兵がここに居ないことは誤算だったが、しかしジンは確かに目の前にいるのだ。それならば、ジンだけでもミラと同じように操ってしまえば良い。
そうするだけの力がギシアにはあったからだ。
「ジンを殺せ!」
悪魔の声とギシアの声が重なり、命令を受けた骸兵がジンに向かって襲い掛る。しかし次の瞬間、ジンはアリシナに合図を出す。
そして彼等の立っていた中州の地中から大爆発が起こったのだった。