朝の地点から既に賑わっていたストーンヘイヴンの街は、ラヴェンナとロクサーヌが店を構え始めた辺りから一層騒がしくなり始めていた。仮装行列の始まりを待たずして、様々な衣装に身を包んだ市民たちが路地のあちこちで集まってはそれぞれの姿を見せ合ってはしゃいでいる。
その中でちらほら、魔女二人が座っているクッキー屋へやってくるお客さんが現れた。三角帽子とローブを纏った若い女性二人だ。
「すいません、クッキーください!」
「はーい。一枚ずつでいい?」
「はい! 二人とも、すごく気合いの入った衣装ですね……」
「ばかっ、この方たちは本物の魔女様!」
「ええっ⁉ ごめんなさーい!」
見れば他にも魔女の格好をした者たちがちらほらと見えており、市民たちの間でなかなかの人気衣装となっているようだった。ラヴェンナが思わず吹き出しそうになる横で、ロクサーヌが二人分のクッキーを笑顔で手渡していった。
「やーん、このクッキーおいしぃ……本当の魔女様とも話しちゃった!」
「さっきまで分からなかった癖に! ほら、そろそろ時間だよ!」
彼女たちはクッキーをモグモグしながら人々の中へ混ざっていった。既に市民たちの殆どは外に出ているようで、通りも黒、白、オレンジと色彩豊か。普段の街とはまるで違う空気だが、ラヴェンナとロクサーヌにとっては妙に親しみある風景となっているのが面白い。
すると時間が経って、遠くから景気の良いラッパの音が聞こえてきた。街道に立っていた市民たちはおおっと声を上げ、道の中央を空けるように避け始める。
真っ直ぐに伸びた道の先で小さく、黒々とした大旗がすくりと立ち上がった。どこかおどろおどろしい低い音が奏でられると共に、闇のフードを被った旗手が死神の鎌の如く携えながら歩を進める。その後ろに何人もの従者たちが続いた。
先陣を切るのは冥府の住人を模した大人たちだ。
仮装行列が始まる――
「ん……今年も凄そうね」
「はい。気合いが入ってます」
光を通さぬ厚手のローブを纏い、顔や手に白い粉を被せた男たちが荘厳な空気を纏いながら近付いてきた。その後ろには魔女の格好を模した女性たちも続き、やがてはゴブリンや獣人といった魔物たちの被り物をした子供たちが現れる。
列が進めば進む程に雰囲気は柔らかくなっていき、飛び入りで混ざったような者たちが笑顔で街道沿いの観衆へ手を振っている光景も見られた。中には見覚えのあるアルラウネの姿も……
「わ~い! 自分が魔物で良かったってこんなに思ったのは初めてかも!」
「姉さん、あんまり騒いだら列が乱れちゃうわ……」
行列は独特な雰囲気を振り撒きながら秋空の下を行き、やがて先頭が魔女二人のクッキー屋の前までやって来る。ロクサーヌがクッキーの入った袋を伸ばして手渡せば、編みカゴを提げた担当の女性がそれを受け取りながら進む。既に他の店からも沢山貰っているのだろう、カゴの中はカラフルなお菓子でいっぱいだ。
「……ん、ラヴェンナ様、あちらに」
「まあっ」
仮装のクオリティを目で楽しんでいるとロクサーヌが遠くに何かを捉えた。
列の後方にひときわ目立つ大きな着ぐるみが紛れている。角の生えた牛の頭につぶらな瞳、まんまるに膨らんだ愛らしい体躯……ミノタウロスくんだ! あのぬいぐるみがそのまま大きくなったような雄姿にラヴェンナは眉を上げる。
彼は道を歩きながら、進路沿いに並ぶ人々へ手を振ったりタッチしたりとなかなかのサービス精神を見せていた。黒魔女は一度ロクサーヌの方へ視線を向けてから許可を貰うと、いったん店を離れて見物客と一緒に混ざる。せっかくなので最前列まで進めば、ミノタウロスくんは彼女に気付いた後に近寄ってきて……
「あぁぁ、かわいい……きゃっ」
着ぐるみは、顔を緩ませまくっていたラヴェンナをそっと優しく抱いてから、トントンと背中を叩いた後にまた歩き去っていった。全く想定外のサプライズに黒魔女はしばらく呆然とした後、頬が蕩けてなくなりそうなのを両手で抑えながら人混みの中へ戻って隠れる。
やがて元いたクッキーの屋台まで戻ってくると、店番していた白魔女が苦笑と共に彼女を迎えた。
「ラヴェンナ様、お顔が」
「う、うう……まさか、ハグされるなんて思わなかったの……」
「そんな花も恥じらう乙女みたいな反応をされても」
「ああぁ、でも何十歳か若返った気がするわ! かわいいって正義ね!」
仮装行列は場を賑わせながら街を一周していく。それに一回限りでもない。
祭期間中は誰でも後に続いて、自分の衣装を披露することができるのだ。
◆ ◆ ◆
最初の大きなイベントも一段落し、クッキーの手渡しも落ち着いてきた頃……ラヴェンナは先に一人で街を散策することとなった。ついでにお昼ご飯も探しながら通りを行くと、あちこちが収穫祭の色と置物で豪華に装飾されている。
その中で……修道院の方にちょっとした人だかりができていた。
気になって向かってみれば皆が上を向いている。つられて首を傾けると、水色の髪を伸ばした女性が屋根に悠々と座りながら、屋台から手に入れたであろうサンドイッチを大口で頬張っていた。
エレオラがそこにいる。この街を中心とした人々が篤く信仰する女神が……
「あむっ……ん~、おいし~い!」
「エレオラ様ー!」
「ほんとにいたんだ!」
「いつ見ても若くて羨ましいっ!」
ラヴェンナはその様子を見ながら口をあんぐり開けていた。
確か去年も、収穫祭の期間はそこで寛いで食っちゃ寝をしていたはず――そう思い返していると、集まる人々の整理に当たっていた修道女の一人、アイリスが茶色い前髪をかき分けながら挨拶してくる。
「魔女様、いらしたんですね」
「今年もあそこにいるのね……椅子とか用意しないの?」
「したんですが、景色が良いと仰ったので」
「はぁ……ナントカと煙は高いところが」
「そこの魔女! 全部聞こえてるから!」
エレオラはぷりぷりと怒りながらサンドイッチを持っていない方の手で静かに威嚇のポーズを取ってくる。流石のラヴェンナもこの場では不敬を連発するわけにはいかず、溜め息をつくほかなかった。
「で、女神様はずっとあんな感じなの?」
「はい。ほら、見てください。また市民の方たちが……」
アイリスの示した先を見てみれば、そこでは出店を構えている人たちの一部が自分のところの商品を持って修道院へやってきていた。担当の修道女へ渡せば、それは屋根の上で寛ぐエレオラのもとへ届けられて食卓に並べられる。そうして食いしん坊女神が目を輝かせながらいただく……という流れだ。
サンドイッチにドーナツ、ワッフルにハンバーガーにミックスジュース、それらが無尽蔵の胃袋へ飲み込まれていく。そして、どれだけ食べた後でも、非常においしそうに食べてくれるのだった。
「宣伝も兼ねてるんですよ。女神様がおいしいと言ってくれた、と箔がつきますからね。彼女もたくさん食べられますし」
「う~ん、おいしいわ! 柔らかく煮込まれた鶏肉と葉物野菜のサンド……♪」
「下で見てるこっちまでお腹空いてきたわ……」
「私も、そろそろお昼ご飯を考えないといけませんね」
別れの挨拶をした後、アイリスはまた列整理の仕事へ戻っていった。まだまだ沢山の人たちが食べ物を献上しようと並んでいるようだ。屋根の上で満面の笑みを浮かべるエレオラを見上げながら、ラヴェンナは自分の昼ご飯を探しつつ祭りの街を歩き続ける。
クッキーの店番をしていたロクサーヌは、出かけていった黒魔女がいくつかの紙袋とラム肉の串焼きを片手に戻ってくるのを見つけた。腕の中はあたたかそうな食べ物でいっぱいになっている。ラヴェンナは疲れた様子でロクサーヌの隣の椅子へ腰掛け、袋の一つを開けて煮込み鶏肉のサンドイッチを出した。
「お帰りなさいませ、ラヴェンナ様。けっこう買われたのですね」
「最初は軽く回るつもりだったのに、知らないうちに沢山になってたわ」
「まあ」
「修道院で食いしん坊女神が美味しそうにしてたもんだから……はむっ」
サンドイッチをかじれば、甘しょっぱいソースの味と解けるような柔らかさの鶏肉、そしてシャキシャキと歯ごたえのある千切りキャベツが食感にアクセントをもたらしてくれる。串に刺さったラム肉も囓れば、噛み応えのある肉と旨味の汁が口いっぱいに広がっていった。
「んん……はぁ、美味しい……」
「ラヴェンナ様、一口貰ってもいいですか?」
「いいわよ。沢山買ってきちゃったから」
収穫祭に相応しいカボチャとマロンのクッキーを売りながらも、その裏手から美味しそうな軽食の香りを漂わせる魔女二人。店の近くを通りかかった市民たちの中には、彼女たちの食べっぷりを見てわざわざ進路を変える者も現れていた。
一度目の仮装行列は終わったが、二度目、三度目とこの後も控えている。
未だ日も高いところにある。祭りはまだまだ盛り上がりそうだ。