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13-10



 足元での発火が起きた後に避けるために体を傾けた事で、少年の体勢は崩れた。だけど、少年の手から魔石を奪う事はカジキはしなかった。それよりも座り込んだままでいる研究員を引っ張り上げる要領で引き寄せて、少年から離れさせている。ぐったりとして動けずにいる為、人命を優先したらしい。魔晶術の範囲から外れさせた方が良さそうなのは確かだ。



「嬢ちゃん、こいつを頼む」

「はい!」



 少年から研究員を引き離したカジキがソーニャを呼んだ。手に抱えながらも、返事をしては介抱に向かった。介抱とは言っても、荷物は馬車の中だし、その前に少年がいる訳だから出来る事は多くはないかもしれない。でも、一人でもついていていて見てくれるならそれだけで違うだろう。


 ソーニャの手は借りられなくなるから、一気に畳み掛けた方が良さそうだ。



「ああ。ああ、ああ。ぼくは、ぼくの場所に帰りたいだけなのに。本当に邪魔だ」



 空気がひりついた感覚がして、息を呑む。バランスを崩した少年は地面に手をついた。その手が何かを握って起き上がってくる。



「貴様っ!」



 それはまだ痛みが尾を引いているのか伏せた状態の兵士の傍らに落ちていた槍だった。

伝令から戻ってきていたもう一人の門番は、少年の言動で自分達の敵を察したみたいで自分の槍を構えている。胸の方から強い鼓動を感じた。



──まずい。



 武器がなかった状態から武器を持ってしまった。今までも少年は妨害する者には容赦の振る舞いだった。何をするかわからない。



 少年が手に取った槍は大きな半円を描いて、兵士の顔に向かっていく。中断で構えている兵士の頭部はがら空きだ。一瞬で頭の中に顔の中心に槍が走る嫌な光景が頭に浮かんだ。そっちに向かって走ってはいるけど、間に合う訳がない。



「ぐっ……!」



 私の不安をよそに光景は変化していく。

 さすがに兵士として鍛錬を積んでいたり、そもそも最初から警戒していたからか。若干の反応は遅れたものの、受け止めて弾いた。槍が弾いて返されると、少年が兵士をちらりと見る。その見方は、なんというか──初めて気付いたような感じに思えた。



「まだいたんだ」



 息が苦しい。


 今ある光景を見ているだけでも恐怖映画を見ているような気分なのに、最悪の未来を想定するのも脳が拒み気味だ。というか、断続的にではあるけど動き続けているから実際に息は上がりやすくなっているかもしれない。疲労が蓄積してきている感じがする。動きが鈍くなってきていそうだ。



──でも。ここで体が求めているままに休む訳にはいかない。

 だけど……どうする?

 今は彼の手には槍があるから下手に動けない。もうすぐそこまで近付いてきてしまっているんだけども。



 とりあえず、少し距離を空けて足を止める。息を大きく吸って息を整えた。手にある聖遺物も、魔石も、槍も手放させたいけど。聖遺物は絶対に奪い返したいけど、魔石に関しては諦めるしかないかも。

 とてもわかりやすくて、とても危険な槍を何とかしないと小さな聖遺物の回収もままならない。



 だから、狙うなら槍──になるだろうけど。



「カジキっ」



 相談しようと呼びかけ掛けた途中で、言葉を止める。槍を払いにかかる剣が見えたからだ。


 兵士に対しては一目見るくらいで終わり、槍は剣を捌きにかかる。さっきまでの少年は回避や防御ばかりだったけど、一定の集中力が別に必要な物ではない武器が手に入った事で反撃と攻撃に転じる態勢になってしまった。


 槍のリーチに対して剣は短く、カジキが手か腕を狙って叩きつけても槍の柄が受け止めてしまう。それどころか二人の距離を補う槍の鋭い先端は、カジキの首を狙う。だけどカジキは、それを払いのけるように弾いて軌道を逸らした。



──細かいテクニックとかはわからないけど……やっぱりカジキの方が慣れている。少年は達人とかでは無さそうだ。攻撃もしているみたいだけど、素直というか。駆け引きのない動きに見える。

 絶対とは言えないかもしれないけど、まともにやり合っている分にはカジキは負け無さそうだ。



 その状態のカジキに相談など持ちかけられはしないし、あんなやり合っているところに飛び込むなんて事も出来はしない。



──でも、今の状態なら魔晶術は発動出来ないし、今のうちに何とかしたい。



 だけど二人の戦いの中には入れないし、また火を起こすにしても二人は動き続けている。少年の方に狙いを定めても、位置を微調整出来る訳ではない。最悪カジキに当たってしまうかも。



 一旦落ち着いて、辺りを見てみる。

 ソーニャは離れた場所で研究所の人の介抱を続けている。伝令から戻って来た兵士は一回攻撃を防いだ後は、二人の戦いに入れず見守るだけになっていた。そして少年の魔晶術を受けた上に槍まで奪われてしまった方の兵士は、少し回復したのか起き上がり始めている。まだ頭が痛そうに片手で押さえてはいるけど。



「お……応援を呼べ……」



 掠れてはいるけれど小さくはない声が起き上がった兵士からした。声を聞いたもう一人の兵がハッとした顔をして、少年たちを見てから城の方へと戻っていく。今度は言伝るためではなく、応援を呼ぶために。




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