兵が応援を呼ぶように働きかけてくれた。
少年の魔晶術は広範囲に効くようだから応援が来ても全員やられてしまいかねないけど、戦いに慣れた人達が来るのは心強い。どこかで槍を取り押さえられればすぐに押さえ込めるかも。少年の気を逸らして隙を作りたい気もするけど。下手に手は出しにくい。
──というか、ああしてやり合っているという事は、小さそうだけど振り回すのに邪魔だろうから聖遺物はしまったんじゃ。
もしポケットにでもしまいこんだのだとしたら、また押さえて探さないといけないかもしれない。握りを浅くして持っている可能性もあるかもしれないけど、今いる場所からはそれが確認出来ない。
──とにかく、カジキが取り押さえるためのキッカケ……隙を作るくらいはしたい。このまま何もせずに見ているのも落ち着かない。
でもカジキの邪魔をせずに、少年の気を逸らすにはどうすれば……。
飛び込んで武器を振り回すのは論外だ。巻き込まれるだけだろうから。
そうなるとやっぱり、これだ。
──火。炎。魔石との同調。でもどこかの部位だとか、足元だとか、背後を狙うなんて言うのはやっぱりこの状況じゃやりたくない。
二人に当たらない場所で意識を向けさせられる場所。
──……空中だ!
思考に向けていた意識さえも魔石に傾ける。狙いは決まった。
爆発する訳ではないから、爆発音もなければ爆破の衝撃もない。だから、空中は空中でも目に入る位置に定めて火の力を引き出した。
少年の目線の位置。向いている方向に火を起こした。
「……っと、ずっ!」
少年の声が聞こえた次くらいに、少年の手元で動きがあった。手元にあっただろう物が飛んでいき、それは地面を転がる。少年が兵から奪った槍が転がっていた。槍は結構離れている。飛んでいった先は残っていた兵士の近くだ。
槍に気付いたみたいで腕が槍の方に伸びている。拾おうとしているみたいだった。
少年の方はというと、槍を拾いに行く素振りはない。ただカジキから距離をとっていた。
「あっ……!」
誰かが不意に声を上げる。恐らくソーニャの声だ。その声で槍の行方でもなく、少年達を見るでもなく。周囲に意識を向けてみれば、お城の方から人が出てきているのが見えた。足音が多いし、なかなか途切れない。
──兵士たちだ!
「あの子供を捕らえろ!」
足音がいくらか止まって、代わりに声が向かってくる。圧倒的な人数差で取り押さえてくれるようだ。
距離は多少あるけどカジキだって近くにいるし、少年をこのまま捕まえられるだろう。
「ああ、そう。これ、そんなにほしいんだ?」
「あれ」
複数の足音が近付く。少年を捕らえるために。カジキも動いている。
そんな状況に不釣り合いな、何かに気付いたような声がして。そのすぐ後に、何かがカジキの体の中心に投げつけられた。
「そんなに欲しいならあげるよ」
「えっ……」
──あげる? 帰るために必要なんじゃ……?
追い詰められて観念したとも取れる少年の発言。だけど、それをすれば帰るのに必要な物を失う事になる。人々を襲ってまで手に入れようとしていた彼が追い詰められたからって、諦めてくれるとも思えない。
そんな私の疑問と、目の前が突如として真っ白な光に埋め尽くされた。
──あ……まずい! 目が……っ!
目の前に太陽でもあるかのように強い光をもろに受けてしまって、目は反射的に瞑ろうとする。開けようとはしてみるけど、眩しい。維持をしていられないし、得られる視覚情報が何もない。
ただひたすらに、白だ。
「それ、もう使えないから。あげるよ」
そんな白い世界の中で。少年の声が聞こえた。その声を頼りに手を伸ばす。
手で捕まえようとしてみるけど、掴めるのは空気だけだ。空を切り続け、そうしている間に目の前を遮っていた光が和らいでいった。
光が完全に消えて、周りの景色が見えてくる。変わらず馬車があって、兵士達やソーニャ達、カジキもいる。
だけど。少年の姿だけがどこにもなかった。
「ま……また逃げられた……!」
捕まえる寸前までいったと思ったけど、あの目眩ましで逃げられてしまった。
ただ前回と違うのは、ビア国のは取り戻せなかったものの、この国の聖遺物は返されたという事だ。
「カジキ、聖遺物は」
「……ああ。これだ」
カジキに投げつけられていた、手の中に収まるほどの聖遺物。カジキの元まで見に行けば、キャッチして握っていたらしくその手を開いて見せてくれた。
「……指輪?」
それは指輪だった。宝石がついていて、デザインはシンプル。そこまで昔の物ではなさそうだという事くらいの推測しか出来ない。
『古代の遺物』と呼ばれる私の知る時代の地球にあった物ではあるのは確かだろうから、これも最近作られた物ではないのだろう。ビア国では杯だったけど、フェロルトでは思ったより違う遺物だった。他の国のも結構違いそうだ。
「皆さん、王にお伝えしますので同行していただいても良いですか?」
指輪を見ていたら声を掛けられる。介抱を受けていた研究所の人が回復したようだ。ビア国で嫌疑をかけられた経験があるから、若干不安になってしまうけど流石に他の兵士も事情は呑み込めていそうだし。聖遺物を盗もうとした疑いだったり、無駄に騒ぎを起こしたという輩のような扱いは受けないだろう。
『それ、もう使えないから』
──それに。あの少年が言っていた「使えない」という言葉も引っかかる。
その辺りの話も聞けたりしないかな、という願望もありつつも、同行する事にした。