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14-3





 ゆらりと揺らめく炎のようにというよりは、波に揺蕩うように。ゆらゆらゆらゆらと揺れて。ゆっくりと静まっていく。コインの音も聞こえなくなったし、静かだなあ、なんて。その静けさに寄り添うみたいに思考が止まる。



──……分け終わったかな……。そうだ、もらったお金で買い物しなきゃ。



 あんまり時間が経っている感じはしないけど、フェロルト王からもらった褒賞金も分け終えただろうし日が暮れない内に買い物に行こう。

 頭が少しぼやけているような感覚がありつつも体を起こしてみる。カジキがいるだろうと思っていたテーブルの近くに、カジキはいなかった。



「……あれ?」



 咄嗟にベッド周りを見る。枕の近くを探ってみたけど見付からない。時間が見たいだけなんだけど。



──あ、いや違う。スマホはないんだ。



 徐々に頭がはっきりしてきて、やりたい事は叶わない事にやっと気付く。どうにも寝ぼけていたっぽい。それに、精々数分くらいしか経ってないと思ったけど結構時間が経っていそうだ。部屋の中にはカジキもいなければソーニャもいなかった。

 しかも、太陽はまだ出てはいたけど日が沈み始めようとしていた。



「や、やばい」



 いっそ明日の朝に買い物をしようかとも一瞬思ったけど、こんな大きな町での買い物は時間がかかる。ここには二十四時間開いているコンビニもネット通販もないのだ。日が沈みきるまでには店を閉めてしまう事が多い。何か急ぎで欲しい物がある訳ではないけど、必要になりそうなものは買っておきたい。


 ベッドから下りてテーブルの上を見ると、コインが積まれるように置かれていた。実際の全部の枚数はわからないが、三等分にしたにしては結構な量だ。これならしばらくは食事や宿泊には困らなさそう。



──とりあえず、ええっと、携帯出来る食べ物と水は最低いるかな。魔石研究が一番進んでいるだろう町だし、何かそういう物も買っていきたいけど……その分お店も多いだろうし、その余裕はないだろうなあ。



 お金を自分の分として手持ちに加えて、飛び出すように宿を出て。商業エリアで食べ物が買える店を探す。食料品は、あまり種類がなくて大体どこも同じ物を売っているようだったから、見付け次第買った。

 褒賞金のお陰であまり金額は気にせず買えた。だからか、買う予定のなかった物にも目がいってしまう。



「水筒……」



 丸に近い形の水筒が売られていた。金額としてはそれほど高くはない。



──これは……あっても良いかも。



 旅小屋に寄った時とかに水を補給出来そうだった時、容れ物がなかったら汲んでいけないし。ソーニャも持っていて分けてくれるけどソーニャに分けてもらってばかりなのも悪い。うん、これも買おう。



 色々買ったので宿に戻っていると、一瞬目の端で何か見たことがある物が動いた気がした。なんだろう。

 気になってそっちを見ると、見覚えのあるマントが揺れているのが見えた。何だか目を引くそのマントは確かビア国で見た物だ。マントを着けている人物の髪の毛が次いで目に入る。



「あ……!」

「……貴女《きじょ》は」



 誰なのかわかって、思わず声を出したらあちらもその声で気付いたらしい。こちらに近付いてきては私が両手に持っている買った品々を見たけど、目が合った。



「ビア国で成人を迎えていた者だな。まさかフェロルトで会うとは」

「私もです。えっと……クライト・カリルさん」



 そこにいたのはビア国で見掛けたブラックバーンの騎士団長のクライト・カリルさんだった。アイリスが彼女のファンだって事と、今回で会うのは三回目というのがあってよく覚えてる。ビア国で別れてから、この国でもまた仕事があったんだろうか。立場上、出張が多いのかな。大変そうだ。



「そういえば、そちらの名を聞いていなかったな。聞いても構わないか」

「あ、はい。イルドリです。イルドリ・ヴェノンと申します」



 こっちは初めて会った時にファンの子アイリスがいたから一方的に知っているけど、クライトさん側は知らないんだったと言われて気付く。名乗ると、私の手から重い方の荷物が消えた。なんてことはなく、荷物は私の手からクライトさんの手に移動しただけだけだ。



「どこまで行くのかわからないが、大荷物だ。持とう」

「お仕事なんじゃ……いいんですか?」

「構わない」



 購入した物としてはそこまで重い物はないけど持ってもらえるのは助かる。本人は良いと言っているのでこれ以上食い下がるのも失礼なので、お言葉に甘えて持ってもらう事にした。アイリスに悪い気はしてしまうけど。


 クライトさんはあの少年の一連の事は恐らく知らないだろう。ここから離れた魔石研究所とお城の周りで起きた事なのだから。



「剣で戦うのか」

「え?」



 聞こえてきた言葉に一瞬呆けてしまったけど、クライトさんの視線が私の下側に向いているのに気付いて剣を見ているのだとわかった。つられて私も自分の剣を見てから、クライトさんの方も見る。剥き出しの片手剣が差してあった。武器の類に詳しい訳ではないけど、そんな私でもわかる。レイピアだ。


 今の名称は違うのか同じなのかまでは分からないけど。見た目は決闘のイメージのあるレイピアそのものだ。



「クライトさんも……剣、ですか?」

「ああ、そうだ。騎士団では別に武器の支給があるが、私にはこちらの方が馴染みやすかった」



 騎士団長をしているだけあって、相当な数の鍛錬も実戦もこなしているんだろう事が窺える。生まれも育ちもそこら辺とは無縁で、娯楽に飢えていただけの私とは違う。



──あの戦いも……自分なりに頑張ったつもりだけど、やっぱり本職の人だったらもっと上手く立ち回れたんだろうな。



 あの少年から言われた言葉がどうもずっと引っかかっている。聖遺物を盗むとか盗まないとか。その辺の覚悟を決めなきゃいけないのか。覚悟を決めたとしても、この人やカジキのようには戦えないだろう。私に出来るのは、精々泥臭くしがみついてでもあの少年を引き留めにかかるぐらいかもしれない。



「……クライトさん。一つ聞いてもいいですか?」

「ああ」

「騎士団長になるのは大変だったと思いますけど、やっぱり色々と考えてクリアしていったんですか?」


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