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14-4







 一つ返事で答えてくれたのもあってか、口が自然と動いていく。物凄く聞きたかった訳ではなくて、勝手に言葉が溢れた。後から答えにくい事だったかもと思ったけど。クライトさんは特に不快そうな顔でも困った顔でもない。むしろきょとりとしていた。



「──いや。そう計画的にやったものではない。それどころか逆だったな」

「……逆?」



  案外クライトさんはあっさりと答えてくれた。本題に関しては曰く逆という事らしい。

 逆と言われると思い浮かぶのは優秀さで抜擢されたとか、両親から受け継いだだとか。そういったのが思い浮かぶ。



「ああ。日々ただ訓練や個人での修練を行っていただけだ。愚直としか言えない程に。騎士に相応しい力を、国や人々を守るための力を求めていた。最初から騎士団長など目指していなかったよ」



 自分がたどり着きたい場所にたどり着くために、がむしゃらにただ進んできたのだと。クライトさんは話してくれた。ほんの少しだけ笑って。



「そうしたら、気付けば騎士団長になっていた」

「えぇ……すごい」



 本当に本人からしたら気付けばその地位についていたくらいの感覚なんだろう。その中身は華々しい戦果ではなく、乾いて擦れた手のひらから血が滲むようなそんな苦しいものかもしれない。他国に住む私にはその詳細は分からない。だけど、そうであってもおかしくは無さそうだなと思った。それに。



──それに……何だか、その方が勝手ではあるけど、なんだか希望を持ててしまう。



「しかし、とは言ってもだ。騎士団長の任を与えられたからといって、実力が変わる訳でもない。鍛錬をし続けなければ」

「騎士団長にまでなったのに……」



 クライトさんにとっては、まだ目指す場所にたどり着いていないらしい。騎士団長になるほどの実力を手に入れただろうにだ。騎士団長になったからといって、いきなり強くなったりするようなものでは無いけど。それでも、一つの指標くらいにはなるだろうにだ。



「……仕事や責任は増えたが、私のやる事はさして当初から変わっていないのだ」



 ──騎士団長を最初から目指していた訳ではない。さっき言っていたその言葉の通りなのだろう。

 騎士団長にまで上り詰める程にひたすらに目標に向かって走り続けて。その過程は小綺麗とは言えないかもしれないけど、綺麗だ。

 彼女に迷いはなかったんだろうか。愚直だと自負しているくらいだし、無さそうな気がする。



──私もこれくらい真っ直ぐに進んでいけたらな。



「いや……周りからしたら、こうだったかも」

「どうかしたか」

「あ、いえ、その」



 声に出てしまっていたようで、クライトさんに声を掛けられる。外に出ちゃっていたと知って口を抑えたけど。このまま誤魔化して別の話題を振ろうか悩む。

 速度がゆったりなのもあって、宿まではまだかかりそうだし。それにクライトさんは私よりも真っ直ぐ目標に向かっていってそうな人ではあるけど、同じように必死に進んで来た人だ。


 それに。もっと単純に。彼女とはお互い知っている仲じゃない。アイリスが出してくれた以上の情報を私は知らないし、クライトさん側も一度成人の儀の際に出会っただけで後は名前を知っているだけだ。


 隣家に住んでいるどころか、同国に住んですらいない。旅を共にしている訳でも。仕事で色んな国には行っているみたいだけど、会う可能性はそこまで高くない。そんな遠い関係性だからだろう。


 ──話しても良いのでは、なんて思ってしまうのは。



「実は……その……迷っていまして」

「悩み事か」

「……はい」



 ここまで言ってしまったのなら言ってしまった方が良い。

 そう思ったけど、どこからどこまで話して良いものか。私が過去の地球の記憶がある状態で転生した──なんて話はもちろん出来ない。そうなると、そのために必要になるだろう物が『聖遺物』であろうこともだ。


 私の目的は帰る事で。そのためにあの少年から具体的な話を聞き出そうとしてて。帰るのに必要なら、聖遺物を私も手に入れなければいけなくて。その手に入れる方法が盗むしかないかもしれなくて。



──……言えない。目的の細かい部分は言えそうにない。知っている間柄でも違っても、ぼかして話すしか無さそうだ。



「ええっと……私もやらなきゃいけない事があって。それが私の……人生に関わる事で」



 少しずつ話してはいるけど、それはクライトさんに騎士団長になるまでの過程を聞いた時のように淀みなく出てきたものじゃない。相手はブラックバーンの騎士団長だ。聖遺物を盗もうとする輩からは守る立場なのだから。誤解を与えるような言葉は言わないようにしたい。

 ──本当に誤解なのかはともかく。少年のようには出来ない以上は、誤解であると思いたい。



「ただ、それをするには色々と……問題がありまして」



 さすがに誰かに被害がとか悪い事をしなければ、なんて柔らかめの言葉を使ったとしても言えないのでかなり抽象的になってしまった。それでもクライトさんは聞いているのかいないのか分からないくらい、口を挟まずにいる。



「それを指摘されて、このまま続けて良いものか迷っちゃって」



 何も言われないから問題なさそうだと思って続けたけど、言いながらその曖昧さに苦笑いが浮かぶ。どう問題があるのかとか、どんな指摘かなのかとかまるで分からない。


 これでは表情をあまり崩さないクライトさんも困り顔をしていそうなものだと、顔を覗いてみる。でも困っていそうな表情ではなかった。



「そうか。では、やめた方が良いと言われたのなら君はやめたのか?」

「え……?」



──やめる。帰らずに今を生きていく。聖遺物を集めるのはリスキーだし、それを考えれば無難な落ち着き方な気はする。

 怪我をしないようにだけ気をつけて。今ならお金も多少はあるし、馬車でソーニャの希望通り世界中回るのも悪くはない。



──悪くはない、んだけど。


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