「……いえ、やめないと思います」
私の知る文明の利器に囲まれて、多くの人が行き交う町を歩いて。仕事で時間を奪われるけど、帰ってきて動画を見るあの時間は好きだし。なかなか遊びには行けないけど友人だっているし、両親だって生きている。戻りたい気持ちはまだある。
まだその気持ちがある以上、やめないだろうなと思う。
「では、答えは決まっていると思うが」
今までこういう事自体話したのは初めてで。やめた方が良いだとか言われた事は一度もない。だから考えた事もなかった。それだけ帰る事ばっかり考えていたって事でもあるけど。
でもクライトさんに言われて考えてみたけど帰りたい気持ちは変わっていないのだとわかった。
買い出しだってそうだ。自然と必要な物を買っていたけど、もう諦めていたならこんな急いで旅に必要な物を買ったりはしないはずだ。
「……そうですね」
──結局、一番肝心なところは解決はしていないんだけど。でも諦めないなら、とにかくあの少年を追い続けるしかない。そこは変わらないんだよね。
「あ。あそこです」
話していたら宿が見えてきた。町に溶け込んでいるけど、雰囲気が他とは少し違っていて分かりやすい。同じような外観の建物が並んでいる町では助かる。
クライトさんに持ってもらった荷物は、さすがに部屋まで運んでもらうのは悪いので宿の前で受け取った。
「運んでくださってありがとうございました」
「当然の事をしたまでだ。では私はこれで失礼する」
「あの! クライトさん!」
ブラックバーンの一礼の仕方だろうか。見覚えのない構えをとってクライトさんは去ろうとする。私は気になる事があって、立ち去ろうとするクライトさんを止めた。
私が呼び止めると、クライトさんは足を止めてこちらを振り返る。
「ブラックバーンの聖遺物って、どういうものなんですか?」
「……聖遺物?」
ビア国とフェロルト国の聖遺物を見てきた。聖遺物は国の宝として保管や研究に使われているのは同じなんだろうけど、扱いが違っている。
ビア国では、国の宝として保管しながらも何かの儀式や祝い事には使われていそうだった。そのためか王に近い場所である城内に保管されているように見えた。
フェロルト国では、研究に使用されていて、貴重な研究材料の一つみたいな感じだろうか。だからか聖遺物は魔石研究所にあった。
そうなると、ブラックバーンではどうなのか気になる。
ビアでは杯。フェロルトでは指輪。物も違う。ただ保管しているという訳でもなく、用途だって異なっている。ブラックバーンではどんな物が『聖遺物』と呼ばれていて、どこに置いてあるのか。そこが今のところ分かっていないのだ。
──ああ、でもいきなり聖遺物の話なんて怪しまれたかな? さっき怪しまれないように気を付けて発言していたのに無駄になっちゃう
「田舎……寄りのところから出てきたもので。ビア国の成人の儀で初めて聖遺物を見まして……他の国はどうなのかなと」
クライトさんの冷たく感じさせる切れ長の目が私に向いたまま黙っている。嘘は言っていない。変に思われていないといいけど。
「……そうか。ブラックバーンの聖遺物は剣だ。騎士団本部に展示されており、騎士は入団時や遠征の際に一礼するのが習わしだ」
しばらく沈黙していたクライトさんだったけど、ブラックバーンの聖遺物に関して教えてくれた。しかも、思っていたよりも詳しく。
「い、いいんですか? そんなに教えてもらって。大事な物なんじゃ」
「構わない。すべて公表されている情報だ。ブラックバーン出身の者はほとんど知っている」
私が知らなかっただけで、あちら側からすれば明かしても問題ない情報らしい。騎士団長として明かしてはいけないだろう情報の公開は出来ないだろうから、それ以上は反対に教えてはくれなさそうだ。
だけど、私には今の情報だけで十分だ。
「もう聞きたい事は?」
「あ……いえ! ありがとうございました!」
「そうか。健勝を祈る」
最初は一つ聞くって感じで自分で言ったのに、二度も聞いてしまった。なのに、クライトさんはまだ答えてくれそうで。でも、これ以上は引き留められないし私も宿に戻りたい。礼を言って今度こそ別れる事にした。
クライトさんのマントがはためいて、遠くなっていく。そのマントが完全に見えなくなった頃に宿に私も入った。
ブラックバーンの『聖遺物』は剣で、騎士団本部にある。展示されているという事は人目に触れやすい場所にあるという事だ。人目に触れやすいという事は、見付からないように盗むのは厳しくなるけど人目や被害なんて気にしないあの少年にとっては好都合だ。
今回フェロルトでは聖遺物の保管場所を間違えてしまっていたけど。
次の国──ブラックバーンではわかっている。次は間違えずに、あの少年に今度こそ追いつく。