とりあえずは確保して渡してもらった水をちびちびと飲んで場を凌いでいるけど、そのせいかあまり時間が経った気がしない。このまま水を飲んで過ごしていたら中身がなくなってしまいそうだ。本当に少しずつしか飲んでいないから、そんなすぐ無くならないだろうとは思うけど。無くなってしまう前に到着してほしいという思いがある。
「そういえば、ブラックバーンは有害生物系を網羅してるって言ってたけどカジキは来た事は?」
「俺ぇ? あー……どうだっけなあ」
騎士の雰囲気は少し掴めた。恐らく雑談をしたところで咎められたりはしないだろうという事は分かったけど、さすがにこの空気の中で楽しげな話は変わらず出来そうにない。でも、少しでも水を飲む時間も減らしたい。
だから、楽しい話題にはならなさそうな話──だけど場は持たせられそうな話をカジキに振った。でもカジキは何とも曖昧な反応だ。
二つ隣の県に新幹線で行くのとでは訳が違うし、ブラックバーンに来た事がなかったとしても特段変な事じゃない。むしろビア国から行った事がある人はほぼ居ないんじゃないだろうかと思う。でも「無い」と否定しないという事は、思い出せないだけでいつかどこかで来た事があるのかもしれない。
「ビア国に来る前とかに来たりとか?」
「前ってなると、結構前になるからな。さすがに覚えてねぇな」
「じゃあ噂だけ知ってるって感じかぁ」
カジキが来た事があるか無いか記憶を掘り返させて判明させる気は無いけど、時間潰しに付き合ってもらう。
とは言っても、噂程度にしか知らなさそうだ。
──ん? でも他国の噂なんてあんまり入って来ないはず。ブラックバーンの聖遺物の話も有名みたいだったけど届いていなかったし。カジキの職業柄だろうか。
「依頼って大体ビア国の人が中心ですか? やっぱり」
「まあな。出身地が違ったりはあるが。俺みたいに」
「ああ……」
依頼人と話したりする過程でブラックバーンの話くらいは聞いた事がありそうだ。蔓延っている害なす生き物たちの話自体も依頼と関わりありそうだし。
「そういう事かあ」
「五年しかやってないが、たまにそういうのも来る。ブラックバーン出身なら余計な」
それはビアがブラックバーンと国同士の関係が良好だからだろう。ブラックバーン出身の人が訪れる事が多そう。近くはないけど、友好国は訪れたい気持ちはわかる。
そういう人達が何かちょっとした事で困った時に、そういう仕事を請け負ってくれる人の元を訪ねるというのは儘ある話なんだろう。
──ソーニャは商人として、カジキは便利屋として多少情報が入ってくる。その情報に助けられて来たけど、今起きている事態は二人が知らない部分。というか、ブラックバーン出身の人も知らなさそうだ。
何が起きるか分からない不安が残り続けてはいるが、時間潰しが目的だ。話が終わらないように質問を続ける。
「始めて五年という事は……その前はビア国にはいなかったりしたんですか?」
「あー……」
腕を組んでカジキは考えるような素振りを見せた。
言いづらい事なんだろうか。そういえば今まで今やっている仕事関連の事は聞いた事はあるけど、それ以前の事は私から聞いた事はない。
──そもそも、この人具体的に何歳なんだろう。勝手に
まあ私達はビジネスパートナーのような間柄だから知る必要はないんだけど。
「始める前なあ……」
「言いにくかったら良いですよ、言わなくとも」
「言いにくいってよりかは言うような事があんまねェな」
念の為話しづらいならばと強制しない事は言ったけど本人の感じからは深刻なものでは無さそうだった。読みにくい人だから、それが本心かどうかは特別察しが良いという訳ではない私には分からないけど。
「単にフラフラしてただけだ」
「ええ……?」
確かに言うような事があまり無さそうな状態だ。フラフラという事はあちこち気ままに放浪していたんだろうか。カジキの母国である靱魔国は地図で見た限り島国だから、こっちの大陸に上陸してからあちこち行ったんだろうか。
それならさっき言っていた覚えていないっていうのは、あちこち行ったけどフラフラし過ぎて覚えてないとかなのか。だとしたらある意味すごい。カジキらしすぎる。
「それで、若さで好き放題出来るって年でもないしテキトーに金稼いでゆるーく暮らそうとしたらこうだ」
「…………おめでとうございます?」
何ともリアクションしづらい変化に、とりあえず起業が成功した事だけお祝いしておく。まったく共感出来ないとかでは無いのが余計にリアクションしづらい。
「えーっと、じゃあ……」
カジキは最初の頃からブレていなくて。お金稼いで楽に暮らすためにここまで来た。ただ、それにしては労力がかかっている。ビア国から『聖遺物』である杯が盗まれてから時間が経っているし、最初よりは報酬も増額されているだろうけど。
それでも何で途中で抜けたりしないんだろうか────少しだけ、気になって。聞こうとした。
「到着だ」
そうしたら馬車が止まって、前の方からヴァルターさんの声がした。到着したらしい。控えるようにいた騎士達が動き出す。先に騎士達が降りて、こちらが降りるのを待っていた。
私達はどこに連れて来られたんだろうか。
──降りて見てみれば、そこには砦と思しき建物があった。
そんな見慣れているものではないからか、何もイメージが湧かない。到着したはずなのに希望も絶望も見えて来なかった。
──私達、この砦で一体何がどうなるんだろう……。