「んじゃ、説明は以上だ。お前ら分かってると思うけど絶対怪我すんなよ。器具の扱いにはくれぐれも注意してな」
気だるそうに話す先生の説明が終わり、各々班ごとに用意されている食材へと手を伸ばす。
バーベキュー、と聞いて、てっきり肉と野菜を適当に網の上で焼くだけだとばかり思っていたが。思いの外踏む手順は多い。
野菜を洗って、適当なサイズに切って……と。まあ普通にしてればできることばかりではあるものの。
「……あの、先生。なんでこっちガン見してんすか」
「一番危険そうな生徒により注意を促そうかとな」
「し、心外すぎる……」
「ぷふーっ! 雨宮言われてやんのー!」
「いやお前もだぞ中山。絶対包丁触んなよ」
「何で私も!?」
不安だ。もの凄く……不安だ。
特に雨宮と中山さん。この二人に何かをやらせたら確実に事故る気がしてならない。
ひとまず包丁は絶対触らせないとして。やはり任せるなら配膳や野菜の手洗いあたりが無難なところだろうか。カットは俺と三葉で担当するとしよう。
「三葉」
「ん、分かった。私が包丁持つね」
「話が早くて助かるよ」
肉は予め切られているし、ウインナーも何も手を加える必要は無いから大丈夫として。あとは玉ねぎ、ピーマン、パプリカ、とうもろこしか。
「ふふんっ。未来の奥さんの包丁捌き、ちゃんと見ててね」
「っ……お、おう。頼りにしてるよ」
み、未来の奥さんて……。
つい数十分前まで大人しくしていた彼女さんはどこへやら。どうやら元の甘々全開通常モードに戻ろうとしているらしい。
(そういえば、三葉と二人で調理場に立つなんていつぶりだろうな……)
基本的に、三葉は家で包丁を持つことはない。
理由は単純明快で、三葉のお母さんはこれ以上無いくらいの過保護だからである。
そしてそれはうちの母さんも同様に。たまに三葉が朝ごはんの支度を手伝おうとすることがあるが、怪我したら大変だからと毎回断っているそうな。
あ、ちなみにだが三葉の包丁捌きに関しては安心して欲しい。中学の調理実習で見たのが最後なものの、人並みをちゃんと外れた手腕をお持ちだ。
「久しぶりに本物の刃物♡」
「……」
まあ、うん。とても野菜を切る人の顔をしていないのは置いておくとして。
ひとまずとっとと準備を進めてしまおうか。いい加減ガチでお腹空いてきたしな。
「よし、じゃあ行くか。雨宮と中山さんも。水道、同じ調理場のだろ?」
「むぅ。私だって切る係がいいのに……」
「これと一緒にされた……。こんな、アホと……」
う、うわ。扱いづら。
二人が要注意人物として先生にマークされるのなんて、普段の行動や言動からすれば当たり前なことだろうに。その自覚が無い二人はまあものの見事に凹んでいる(中山さんに関してはどちらかというとしょぼんとしてるだけのように見えるが)ようだ。
とはいえ、やはりこの二人に包丁を持たせるわけにはいかないというのは俺も同じ気持ちだ。申し訳ないがそれ以外の仕事に尽力してもらうとしよう。
そうして。今にもスキップしだしそうなほど上機嫌な三葉と、その他二人を連れて。調理場へと移る。
まずは二人にそれぞれの野菜を水洗いしてもらい、俺たちはそれを受け取る。あとは二本ある包丁で種取りとカットだ。
「どんな感じに切る? ひとえにバーベキューって言っても、人によって切り方分かれると思うけど」
「そうだな……」
切り方、か。考えてなかったな。
確かにピーマン一つ取っても輪切り、肉詰めする時みたいな真っ二つにするやつ等々。切り方は幾つか浮かぶ。そもそも串に刺すのかそのまま焼いて箸で食べるのかでも意見が割れそうだ。
正直なところ俺は美味しければ特にこだわりは無いし、多分三葉もそのタイプだから俺たち二人だけなら適当に決めてしまえるのだが。
なんだろう。凄く嫌な予感が……
「切り方? んなもん決まってんだろ!」
「ね! 一択だよねー!」
そう。俺たちは今二人きりではない。あと二人、自己主張の強そうなのを抱えてるわけで。
「ピーマンとパプリカは真っ二つで肉詰め! 玉ねぎととうもろこしは輪切りにして丸齧りだろ!!」
「ピーマンとパプリカと玉ねぎはそれぞれ小さく切ってお肉と交互に串に刺して、とうもろこしは細かくしてからバターコーンだよね!!」
「あ゛あ゛ん゛っ!?」
「う゛う゛ん゛っ!?」
はぁ……言わんこっちゃない。
とりあえず、とピーマンとパプリカの頂点をくり抜き、二人で種取りを進めながら。ため息を吐く。
なんか揉めそうな気はしてたよ。してたけども。こうもまあ正反対の意見になるかね。
「バーベキューなんてほぼ焼き肉みたいなもんなんだから箸でいいだろ箸で!」
「これだからガサツな男の子は困るよね! バーベキューと焼き肉は全然違うんですぅ! 同じ楽しみ方してたら勿体無いでしょ!?」
「ぐぬぬぬ……!」
「ぬぐぐぐ……!」
これはあれか? 喧嘩するほどなんとやらってやつなのか?
だとしても、だ。こんな高スパンで揉められちゃたまったもんじゃない。しかもさっきのはともかく、こんな細かいことでなんて。
もう少しこう、協調性ってやつを学んでほしいもんだ。少なくとも二人とも俺や三葉よりも圧倒的にコミュニケーション能力があるわけだから、人付き合いは上手いだろうに。
「ねえ、しゅー君」
「な。俺も同じこと思った」
ま、これが本当に相性最悪でこうなってるのか、それとも二人なりの空気感ってだけなのかは分からんけども。
ひとまず、言えることは一つだ。
「本当面倒臭いな。この二人」