「い、いいの!?」
「バカ、ただでってわけじゃねえぞ。そっちのまぐろと交換な」
「う、うん。それは全然、いいけど……」
だとしても、だ。
雨宮なら、意地悪してこれ見よがしに見せつけるくらいはしてくると思ったのに。
「ねえ雨宮。やっぱりまだ元気ないの? 大丈夫?」
「おまっ……人が親切で言ってやってんのに。やっぱいらねえか?」
「わぁっ!? ご、ごめんって! いります! いりますからぁっ!!」
「……ったく」
私の言葉に丼を引っ込めようとする雨宮に、思わず慌てて謝罪しながら。私も交換で自分の丼を差し出し、お箸を握る。
流石に言い過ぎだっただろうか。どうにも雨宮相手だと他の男子と比べて距離感が近くなってしまうというか。ああいや、近くなること自体は別に悪いことじゃないと思うんだけど。
今のは素直に反省しないと。意地悪してくるって決めつけるのはよくないよね。うん。
改めて心の中でもう一度ごめんなさいして。目の前のいくら丼に視線を落とす。
雨宮は結構ガツガツ食べてたように見えたけど、丼の中にはまだまだいくらと白ご飯が残っていた。
一つ一つの粒は小さい。しかしそれぞれが真珠のように光り輝くことでまさに宝石の集合体のようになったそれは、私の食欲を更に増幅させ、虜にするには充分過ぎるほどの魅力と魔力を宿している。
「じゃあ早速失礼して。……っと、流石にお箸じゃ落としちゃうか。雨宮? スプーン取ってくれない?」
「スプーン?」
「そ。雨宮が使ってたこれと同じやつ」
一つ一つの身が大きいまぐろと違い、いくらは粒が小さいからお箸だと食べるのは難しそうだ。そう思いスプーンを要求したんだけど。
何故か、雨宮は頭の上にはてなマークを浮かべている。
「無いぞ、そんなの」
「へ?」
そんなわけない。
だってほら。雨宮はこれを食べる時スプーンを使ってた。まさか備え付けが一個だけなんてこともないと思うし。
「俺のそれはいくら丼と一緒に店員さんが持ってきたやつだからな。元々テーブルには一個も備え付けられてないんだって」
「……おっふ」
失礼。おっふが出てしまいました。
って、そんな小ボケ挟んでる場合じゃない。
無いの? スプーン。い、いくらをお箸で、かぁ。中々ハードモードだなぁ。
できないことはないよ? ない、んだけど。私、あんまり箸使い上手じゃないからなぁ。お豆さん摘むのも苦戦する私にはとても綺麗に食べられると思えないんだけど……。
「どうしたんだよ。頭抱えて」
「い、いやぁ。お箸でいくらなんて食べたことないからさ。なんとかいい食べ方はないかと……」
「は? なんだそれ。お箸使うのか?」
「え? いや、だって。スプーンが無いならそうするしかないし?」
「? あるだろ、そこに」
「???」
雨宮のやつ、何を言ってるんだろう。
スプーンは無いってついさっき、自分で言ってたくせに。そこってどこ? 指差してるけど、その先には……
「俺の、勝手に使えよ。んな難しい食い方しようとせずにさ」
「…………んぇ?」
あ、あれ? 聞き間違いかな。
なんか今、雨宮のスプーンを使うように促された気がするんだけど。
まっさかぁ。そんなわけないよね。だってそんなことしたら、間接ーーーー
「別に間接キスなんて気にしないだろ。知らない仲でもないんだし」
「気にしますけどぉっ!?!?」
ビクッ。私が急に大声を出したせいで、雨宮の身体が僅かに飛び上がる。
(う、嘘。聞き間違いじゃなかったんだ……)
どうやら聞き間違いでも、ましてや冗談でもなかったらしい。
だってほら。見て雨宮の顔。「俺、なんか変なことでも言ったか?」とでも言いたげな顔してる。
「俺、なんか変なことでも言ったか?」
「い、言いたげどころか口にしたね!? 普通気にするでしょ! 私、一応女の子だよ!?」
「お、おぉ。すまん?」
「謝罪に疑問系つけんなっ!!」
あ、あれ? 私、別に変じゃないよね?
同姓同士ならまあ、分かる。私だって陸上部の子とたまに水分補給の時間接キスくらいするし。
けど、いくら知った仲だからって。普通は異性間で間接キスなんてしない……よね?
「はっ! まさか雨宮は私のこと、女の子だと思ってない!?」
「そ、そんなわけねえだろ。一応性別的には女子だと思ってるよ」
「ならなんで!?」
「いや、なんでって言われてもな……」
もしかして、男子ってみんな間接キスなんて気にしない生き物なの?
いや、そんなはずない。だってこの前読んだラブコメ漫画の主人公はヒロインとの間接キスでドギマギしてたもん。
やっぱりおかしいのは雨宮の方だ。い、いくら好きな女の人がいて、それ以外の子に全く興味が無いからって。普通、もうちょっとこう……
「わ、悪かったよ。俺の配慮が足りてなかった。そんなに嫌なら店員さん呼んで新しいの貰おうぜ」
「えっ!? あ、ちょっーーーー!!」
あれ。私、何してるんだろう。
おかしいのは雨宮。そう頭の中で結論が出て、新しいスプーンを貰うというこの場における最適解にもおける代替案が出たのに。
考えるより先に、手を伸ばしていた。
呼び鈴を鳴らす雨宮の腕を掴んでーーーー止めるように。