目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第71話 二人と二人の

「よしよし。全員いるなー? んじゃ、私は寝るから。騒いで起こすなよー」


「あ、あの。なんか凄い海鮮の匂いするんですけど。バスの中臭くなっちゃいそうなので、できれば密閉とかしてもらえると……」


「……へ?」


 楽しい楽しい自由時間、もといデート時間が終わって。


 午後四時。俺たちは帰りのバスへと乗り込んでいた。


 席順は行きと同じ。俺たちは一番後ろの席だったのと既に漁港の空気に慣れてしまっていたから気づかなかったけれど、どうやら桜木先生は予想通り新鮮なお魚さんを買ってきて、車内へと持ち込んでしまったらしい。おかげで運転手さんに注意されていた。


「校外学習……楽しかった」


「な。まあほんと、色々あったけど」


 色々。そう、色々だ。


 特にはなみでの出来事。三葉のお腹の感触はまだ右手にほんのりと残っていて……とてもじゃないが、忘れられそうにない。


 もしあのままなでなでを継続していたらどうなっていたことか。俺の理性の糸が完全に千切れてしまう前に店員さんが乱入してきてくれて本当に良かった。


 ここだけの話、実はあのピッチャーの中身のお茶が少し俺のズボンを濡らしてしまったせいでそれなりに騒ぎは大きくなり、あの後俺たちを席に案内した風格のあるあの人までもが謝罪に来て。なんやかんやでお代がタダになったりもした。


 得をしたと言うべきか、ピッチャーを落とした新人店員さんに結構ヤバめの誤解をされていそうなことを憂うべきか。まあ、うん。心の平穏のためにも深く考えるのはやめておこう。


 ちなみにはなみを出た後は足湯に入ったり、お土産屋さんを見て回ったりと。三つ目島通りの中をうろちょろしたわけだが。


 そんな色々を過ごしている間に……俺たちの他にももう二人。何やら色濃い出来事を経験していそうな奴らがいた。


「それにしてもさ。あの二人は何があったんだろうな。あの反応、どう考えても何も無かったわけないだろ」


「んー……分かんない。けど、やっぱり何かあったのはたしか」


「あれやってくれよ。心を読むの術」


「残念だけどあれは対彼氏さん専用の忍術。他の人の心は読めない」


「そっかぁ……」


 それは、ついさっきのこと。


 二人ーーーー中山さんと雨宮とおよそ数時間ぶりに再開し、自由時間の間は何をしていたのか尋ねた時のことだった。


 バーベキューの時の一連の出来事があった時、中山さんが真っ白に燃え尽きていく雨宮に「若月先生の代わりに私が……」みたいなことを言っていたのは覚えていた。


 だから本当に二人で海鮮丼を食べに行ったのか気になって。ほんの興味本位で聞いてみたわけだが。


『食べに行ったぞ、海鮮丼。まあその後は割とすぐ解散してお互いの友達と回ったんだけどな。な? 中山?』


『う、うん。ほ、本当に何もなかったよ!? い、いい一緒に海鮮丼食べただけ! ほんとそれだけだから!!』


『『……』』


 とまあ、こんな具合で。


 さらっと言った雨宮と対照的に、それはもう隣の人が分かりやすいことこの上なくて。


 何があったのかは見当もつかないし、案外大したことでもないのかもしれないけれど。少なくとも中山さんが思い出しただけで耳の先を真っ赤っかにするくらいの″何か″が起こったのだろう。


 というか海鮮丼て。まさかとは思うが「はなみ」にいたんじゃないだろうな? ま、まあ流石にそんな偶然は無いとは思うが。


「気になるなら問い詰めれば? あれだけ分かりやすかったら、心を読むまでもなく簡単に詰問で聞き出せると思う」


「き、詰問て」


 あの二人だぞ? 恋愛のれの字も知らない部活命の中山さんと、既に本気で先生に恋をしているチャラ男の雨宮。その二人の間に何かフラグ的な物が立ったとして。


 ″そういうこと″になったり、するものなのだろうか。


「……いや、やっぱりいいや。外野からつつくのは野暮だしな」


「そう? しゅー君がいいなら、いいけど」


 少し考えてみたが……ダメだ。残念ながら、あの二人が″そういう関係″になるのは想像がつかなかった。


 あの中山さんのことだ。起こった″何か″も、本当に大したことのないものな可能性の方が高い気がしてきた。


 少なくとも、直でお腹をなでなでするレベル以上のことは起こっちゃいないだろう。それくらいならやっぱりそっとしておくのが吉だな。


 うんうん、と自分の中で出された結論に納得し、頷いて。それと同時に桜木先生の生魚持ち込み問題はようやく解決したらしく、バスが動き始める。


(次の校外学習は一年後……か)


 一年後。正直想像もつかないな。


 俺と三葉の関係はその頃、どうなっているだろう。流石にその時にまだ俺が告白してなかったらチキンすぎるが……って、他人事みたいに言うのはよくないな。


 まだまだ俺は三葉を好きになって間もなく、ちゃんとした彼氏さんになれる自信はない。


 けど、だからといって″いつかは″なんて言葉で逃げ続けるわけにはいかないのだ。


 そう考えると俺はやっぱり……甘えている。


「……」


「? 三葉?」


「…………すぅ」


「はは。また寝ちゃったのか」


 こてんっ。突如電池切れを起こしたかのように。うとうととかの寝る寸前の兆候も無く、三葉の小さな頭が俺の肩に寄りかかる。


「帰りもイチャイチャするんじゃなかったのか? まったく、困った彼女さんだな」


 慣れるまで、なんて。甘えていることは分かっているのだ。充分、よく分かってる。


 けど、仕方ないだろ。


「んにゅぁ」


「〜〜〜〜っ!!」



 やっぱりこの彼女さんーーーー可愛過ぎる。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?