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第73話 連れ込み連れ込まれ

「うぅ。本当に勉強するのぉ……?」


「当たり前だ。いい加減観念しろって」


「んぐぬぅぅぅ」


 ガチャッ。未だ乗り気じゃない様子の三葉を連れたまま、家の扉を開ける。


 図書室や図書館、喫茶店等々。勉強する場所の選択肢は家以外にも山のようにあったから、そこら辺に立ち寄ってとも思ったんだがな。


 しかし、やはりまずスタンダードに集中して勉強をするとなれば一番適した環境は実家だろう。


 基本は俺の部屋を拠点とし、たまに気分転換で場所を移す。それくらいがちょうどいいのだ。


「あら、おかえり息子〜。っと、いらっしゃい三葉ちゃん……って、なんか顔色悪いわよ? 大丈夫?」


「助けておばさん。彼氏さんに強引に連れ込まれた」


「おい待て。言い方ヤバすぎだろ」


 ご、強引に連れ込……って。


 いや、うん。間違ってはないのか? 確かに嫌がる三葉の手を引いてここまで連れてきたことに間違いは無いけれど。


 とはいえ、やはり言い方が犯罪過ぎる。


 ほら見ろ、あの母さんの顔。もう今すぐにでも通報しそうだ。とてもじゃないが実の息子に対して向けるものとは思えない目をしている。


「息子。詳しく」


「なんで本気にしてるんだよ……」


「当然でしょ。三葉ちゃんが言ってるんだもの」


「実の息子のことは信じてくれないんですかね?」


「まあ三葉ちゃんの次には」


 うーんこの。


 冗談で言ってると思うだろ? ところがどっこい。多分この人、本気で言ってます。


 なんて母親だ。血の通った実子よりもその彼女さんの方を信頼してるなんて。しまいにゃ泣くぞ。


 大体強引に連れ込んだところで何するんだよ。リビングには母さんがいるし、そのうえ俺は身体能力じゃ万に一つも三葉には勝てはしないんだぞ。


 自分で言ってて悲しいが、どちらかというと強引に連れ込まれそうなのは俺の方だ。それだというのにこの母親は……。


「はぁ。一応言っとくけど勉強するために連れてきたんだからな。つきっきりじゃないとやらないだろうし」


「勉強? ああ、もしかしてそろそろ定期テスト?」


「う、うん。一週間後に一学期の中間テストなんだって……」


「なぁんだ。そういうこと〜」


 どうやら納得していただけたようで何より。


 当然だが、母さんは受験期や中学の定期テストの時にもほぼ毎日俺の部屋に篭って二人で勉強していたのを知っているからな。三葉が顔を青くしているのにも合点がいったことだろう。


「さて、そろそろ行くぞ三葉。もちろん今日は一番苦手な英語からな」


「っ!? ま、待ってしゅー君! せめて初日は国語か社会に……」


「駄目だ。正直その二つは俺がわざわざ教えなくてもほとんどできるだろ。特に社会なんてムカつくけど俺より点数高いし」


 三葉は根っからの文系である。


 恐らく忍者のことを調べるうえである程度歴史に関しての知識や得意意識があるのと、漫画や小説をよく好んで読んでいるからだろう。


 まあぶっちゃけ、俺も文系か理系かで言えば文系なのだが。とはいえ理系科目に特別苦手意識があるわけでもないからな。それなりにはできるつもりだ。そうじゃないと教えるなんて無理だし。


 ともかく、テスト期間に俺が教えるのは基本的に理系科目の二つと英語のみ。他二つも疎かにするわけではないが、こっちに関しては教えるというよりちゃんとやってるかどうかの監視だけだな。


「苦手教科を重点的にやらなきゃ俺がいる意味無いぞ。別に一人でできるって言うなら、それでもいいけどな」


「……それは、無理」


「分かってるなら観念しろ」


 三葉もちゃんと頭では分かっているのだ。一人で苦手教科を乗り越えるのは厳しいことも、そもそも手をつける気にすらなれずに結局ノー勉のまま当日を迎える羽目になるってことも。


 だからこうして、しゅんとした表情をしながらも逃げることはしない。


 コイツはやればできる子だ。地頭の良さや物覚えの早さは一緒に勉強してきた俺が一番よく知ってる。


 問題はやろうとしないこと、そして長続きしないことの二つ。逆に言えば、これさえ乗り越えてしっかりと集中したまま机に向かわせていればテストなんて難なく乗り越えられるはずなのだ。


「ふふっ、頑張ってね二人とも。飲み物とお菓子いる?」


「後で貰うわ。勉強がひと段落したタイミングで取りに降りる」


「はいは〜い」


 母さんのありがたい申し出にそう返し、ようやく観念した様子の三葉と手を繋いだまま。階段を上がる。


 そして部屋に着くと荷物を一旦床の上に置き、三葉と勉強する時用の折りたたみ机と座布団クッションを敷いて。あっという間に環境が整っていく。


 英語のテスト対策に必要なのは普段授業で使ってる教科書とノート、それからプリント。その三点と筆箱を鞄から取り出して机の上に置けば……これで完璧だ。


「うっ。なんかもうその三点セット見ただけで蕁麻疹出そう」


「出ない出ない。いいから座れー」


「……彼氏さんの鬼」


「鬼で結構」


 ったく。そんなことを言っていても何も始まらないだろうに。


 ぶつぶつと小言を呟きながら腰を下ろした三葉を横目に、スマホで時間を確認する。


 現在時刻は午後四時。そうだな、ひとまずは……


「んじゃ、まずは教科書の先頭から順番に範囲のおさらいでもしていくかな」


 三葉の門限まであと、三時間。



 みっちりと、やらせてもらうとしよう。


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