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第74話 飴と鞭

 三葉の苦手科目筆頭、英語。


 やはりこの教科は苦手意識が強い人も多いことだろう。俺だって三葉ほどではないにしろ、やはり得意科目とはいかないのが現実だ。


 しかしそれは、あくまで英語という″大枠″で見た時の話。英語そのものを習得するようにする幅広い勉強と、ただテストで点を取るだけでいい時の勉強では、全くの別物なのである。


「授業内で扱った長文は三つ。若月先生曰く、出題方式はーーーー」


 今回の目的はあくまで″テストで点数を取る″こと。つまり大事なのは、局所的な狭い範囲を完璧に網羅する勉強だ。


 そしてありがたいことに、若月先生はそれがやりやすいよう、授業中にある程度の出題パターンや要点となるポイントを教えてくれていた。まあ……ほぼ確実にコイツはそんな話、聞いちゃいないだろうが。


「わぁ、ちゃんとメモしてる。流石は私の彼氏さん」


「分かってたけど……やっぱりお前のにはメモどころかライン引きすらもされてないのな」


「教科書は綺麗に使いたい派」


「いやノートもスカスカじゃねえか」


 何上手いこと言ったみたいな感じでドヤ顔してんだか。


 予想通りと言うべきか。やはり、三葉はメモなんてこれっぽっちも取っていなかったようだ。


 それどころか、ノートやプリントも本当に最低限、それこそ先生に課題として提出した範囲しか記入されていない。


 いやまあ、いいんだけどな? 別に言われなくてもメモは俺が取っておくし。ひとまず課題出してくれてるならそれで。


「はぁ。とにかくこの感じだと授業の内容は全く頭に入ってないだろうし、本当に一から復習しなきゃだな」


 中学でも高校でも、テストの時の勉強法はそう変わりはしない。


 英語ならまずは、出題範囲の長文に出てくる英単語の暗記。それと文法の復習だな。


 若月先生曰く。テストの出題方式としてはまず英単語の訳とスペルを答えさせる問題が十点。次いで文法問題が二十点、残り七十点は出題範囲の三つある長文のうちの二つと全く扱っていない新規の一つを使っての和訳問題などになるらしい。


 この配点なら従来の勉強法で詰め込ませれば充分そうだ。うちの学校の赤点ラインは四十点未満。単語で十点、文法問題で十五点は稼いで、残りは既知の長文の範囲で埋め合わせる。


 長文問題とは言っても、事前にその内容を知らない受験の問題と知ることのできるテストの問題では難易度は雲泥の差だ。だから正直新規の一つはほとんど分からなくても仕方ないとして、やはり勝負所は残りの二つ。


 結論、これまで扱った三つの長文の英文と和訳をほとんど丸暗記するくらいの気持ちで挑めば赤点は無いに等しい。覚える量は多いが、ゴールがはっきりとしていて分かりやすい勉強法だ。


 そうと決まれば。


「はい、先生」


「どうしたんですか彼女さん」


 まずは軽く長文の単語抜き出しから。


 そう思い、パラパラと教科書をめくりながら口を開こうとしたその瞬間。三葉がそれより先に手をあげ、主張する。


「こういう時には飴と鞭が必要。しゅー君先生には飴の提示を求めます」


「……はい?」


 飴と、鞭?


 えっとつまり、勉強は頑張るからご褒美を用意してくれということだろうか。


 さっきまでのしゅんとしていた表情は一変。一体どこでスイッチが入ったのかは不明だが、むふんっ、と鼻息を荒くしながら彼女さんがこちらを見ている。


 どうやら俺の解釈で間違いないらしい。とはいえ、どうしたものか……


「そ、そんなこと急に言われてもな。俺に用意出来るものなんて限られてるぞ?」


「ん、大丈夫。彼氏さんのそのかっこいい身体一つあれば、私への飴はいくらでも生み出せる♡」


「ひえっ」


「なんで怖がるの」


「いや、だってなぁ……」


 なんか言い方が怖いんだもの。


 俺の身体一つあればいくらでも、って。一体何を貰おうとしてるんだ……?


 そんな俺の不安を掻き立てるかのように。ずいっ、と顔を近づけてきた三葉は、俺の右手を握る。


「な、なんだよ!?」


「怖がることない。私が欲しい飴は、これだけだから」


「っ!?」


 ずいっ。反応する間もなく、右手が持ち上げられて。咄嗟に目を瞑ってしまった次の瞬間に


 ーーーーぽすんっ。


「……ん?」


 右の手のひらに感じたそれは、さらさらとした感触。


 何度も何度も、特にこの直近一ヶ月ではもう数え切れないほど触れてきた、心地のいい感触だ。その正体を、俺が感じ誤うはずもなかった。


「えっと……これが飴、ですか?」


「そう。私にとっては何にも変え難いご褒美」


「こんなのでいいのか?」


「こんなの、じゃない。これがいい」


 もっと撫でろ、と言わんばかりに頭を擦り付けてくる彼女さんを、ゆっくりと一回、二回、三回。指同士の感覚を開けず、手のひら全体で包み込むようにして。撫で回す。


「えへへ……。こうやって定期的に充電してくれれば、頑張れそう」


「お、おぉ。まあこんなことでいいならいくらでも協力するけど……」


「ふふっ。永久機関完成♡」


「っぐぅ!?」


 グッ、と心臓を鷲掴みにされたみたいな。強い衝撃が身体を走り抜ける。


(確かにこれは、永久機関だな……)


 きっと三葉は、俺からのエネルギー供給が無限にできて、それでいてそれさえあれば頑張れるからと。そういう意味で言ったんだろうが。


 この永久機関は、そんな一方的なものじゃない。


「い、言ってくれればなでなで以外も、サービスしますよ」


「ほんと!?」


「彼女さんが頑張るため……ですから」


 三葉が俺に甘やかされると元気になれるように。俺もまた、こうやって可愛く甘えられたら活力が湧いてくる。



ーーーーまさに、ウィンウィンで最高の永久機関だ。

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