「お待たせ、しゅー君。もらってきた」
「おお、悪いな」
「んーん。気にしないで」
ガチャッ。母さんから貰ったお菓子と飲み物を乗せたおぼんと共に帰ってきた三葉は、それらを机の上に置いて。座布団クッションの上ではなく、ベッドの傍らに腰掛ける。
「足の痺れ、取れた?」
「おかげさまでな。いやぁ、あぐらでもやっぱり長時間は足腰にくるわ」
「しゅー君、なんかおじさんみたい」
「うるせぇ」
部屋の掛け時計に目をやると、時刻はあっという間に午後五時半。勉強を始めてから一時間半も経過していた。
ちなみに進捗はというとーーーー中々に良い。
ちょうど今、一つ目の長文の単語抜き出しや和訳、使われている文法の軽い振り返りが終わったところだ。
覚えるべき単語は単語帳のような使い方をするためにオレンジペンで書き、赤シートで消せるように。加えて和訳の方も本番の問題を想定しつつ、暗記に使えるまとめ方をして。そうして作り上げられたノートの見開き一ページ分はかなりの仕上がりになっている。
やはり一からの復習ということでどうしても時間はかかってしまうけどな。今のところ、ペースとしては悪くないんじゃなかろうか。
それもこれも、やっぱり……
「ふふんっ。ノート、綺麗にまとまったね」
「まとめただけで満足すんなよ? こっから暗記しないといけないんだからな」
「大丈夫、ちゃんと分かってる。それより、ね。先生? そろそろエネルギー切れ」
「あー、はいはい。言われなくても行きますよ」
ぽんぽんっ、と。自分の隣を手で叩き、早く隣に来いと要求されて。俺も同じくベッドに腰掛け、差し出された頭に手を当てる。
三葉の提案によって始まったこの″飴″は、大変効果があるようだった。
「ん……♡」
流石は極度の甘えんぼ。あれだけ嫌がっていたはずの英語の勉強も、なでなで充電のためだと思えば苦にならないらしい。
定期的にこうしてやる必要があるし、とても燃費が良いとは言えないものの。中学の時と比べればやはり大きな進歩だ。
人は飴を与えるだけでここまで頑張れるものなんだな。まあ……もしかしたら三葉が特殊なだけかもしれないが。
ともあれ、しっかりと勉強ができているのは事実。そのうえ彼氏さん兼指導役の俺にもリターンでエネルギーを返してくれるのだから、文句のつけようがない。
「よしよし。偉いぞ。この調子で頑張ろうな」
「頑張る。いっぱい、頑張る」
「いい子だ。お菓子食べるか? ほれ、あーん」
「あ〜〜むぅ♡」
やっぱり三葉はできる子だ。甘やかしすぎがよくないのは分かっているが、ちゃんと褒めるところは褒めてやらないとな。
それにしても……可愛い。
なんかこう、完全に心を許してデレデレになった猫ちゃんって感じだ。
これはついつい甘やかしてしまうのも仕方ないというもの。というか、甘やかさないと無作法だ。
ほら見てみろこの甘え姿。普段は周りからクールだと思われてても、俺の前ではすぐになでなでを要求してきて。慣れない勉強で疲れたからか今は特に激しく甘えてきてもう目も完全に閉じてしまっている。
こうやってもぐもぐ咀嚼をしながら無防備な姿を晒してくれるのも、やっぱり俺のことを好いて信頼してくれているからなのだろうか。全く、こんなことをされたらこっちまで好きが止まらなくなるじゃないか。
「んぐっ……ごくっ。彼氏さんのサービス、良い。ごろごろごろ……」
「喉鳴ってるぞ。本当に猫かお前は」
「んにゃ。猫な彼女さんは、嫌?」
「……嫌なら、こんなに甘やかしてないっての」
嫌どころか。最高です。はい。
もうこんなの、ずっと撫でていたい。このままごろんさせてお腹も……っと。今のは無し。まあとにかく、いっぱい甘やかし続けてやりたいのだ。
これは、思えば俺たちの永久機関にとっての唯一の欠点かもしれないな。
エネルギーを送り合うこと自体に何ら問題は無いのだが。しかしその過程で必要ななでなでやイチャイチャが魅力的すぎるがあまり、循環させたエネルギーを他のことに使うのではなくエネルギーを送り合うこと″そのもの″をやめたく無くなってしまう。
それもこれ、彼女さんが可愛すぎるのが悪い。本当に困ったもんだ。
「でも、休憩はあと十分だからな。ただでさえ時間無いんだし」
「ん。だからせめて、時間ギリギリまでいっぱい甘やかして」
「もちろん。それで彼女さんが頑張れるなら喜んで」
三葉の門限まであと一時間と二十分。勉強に使えるのはあと一時間十分ってところか。
分かっていたことだが、やはり時間に余裕があるとは思えないな。この勉強法で三葉のやる気自体も上がっているからかなりペースは良いとはいえ、そもそもの勉強に回せる時間が少ないと中々に厳しいものがある。
前にも言った通り、国語と社会に関してはコイツを信じて一任した。別に高得点を取れって言ってるわけでもないんだし、少なくとも赤点さえ回避してくれればいいからな。
ただ問題なのは、残りの三教科。とりあえず毎日こうやって放課後には教えるとして。やはり勝負となるのは朝一から門限ギリギリまででほぼ丸一日使える土日か。
ひたすらに三葉の頭を撫で続けながら。頭を回し、スケジュールを組み立てていく。
だが、そんな俺の心情を察したのか。とんとんっ、と俺の膝を叩いた三葉は、言う。
「そういえば。言い忘れてた」
「ん?」
なんだろうか。
ま、まさか土日は勉強したくないとか言い出すんじゃないだろうな。いくらなんでもそれだと時間が足りなくなるのは確実だし、やめてほしいものだが。
「門限、テスト期間は伸ばしてもらえることになった。夜の九時まで」
「……へ?」