「九時、まで?」
「九時まで」
「二十一時?」
「二十一時」
突然の告白にぽかんとしてしまいながら。信じられない気持ちはありつつも、真っ直ぐ目を見て言ってくる三葉に、無理やり言葉を捻じ込まれていく。
門限が伸びる。テスト期間限定であれば、普通はそれほど驚くほどでもない。そもそも俺たちは家が隣同士で、もはや第二の家にいるだけみたいな感じだしな。
ただ、それはあくまで″普通″ならの話。
「お、おじさんが……それを許可したのか?」
「許可してくれた、というか。させたというか。とにかく大丈夫」
「……」
三葉の両親は正直言って、普通ではない。
いや、悪い意味で言ってるんじゃないんだけどな。ただ……とにかく過保護なのだ。
高校生にしては早い七時という門限もそのせい。まあおばさんに関してはかなり温和な人だから、ちゃんと俺が隣にいれば正直そこまで細々と言ってくることはないんだけどな。この間の遠出デートの時だって数分門限を過ぎてしまったが、特に怒られるようなことはなかったらしいし。
しかし、問題はおじさんの方だ。
あの人は言わば″三葉過激派″。昔からの付き合いだからよく知っている。おじさんはとにかく何をするにも三葉第一で、まあ見方を考えれば良いお父さんとも言えるのだが。たまに愛がいきすぎて大暴走する時がある。過保護×過激という組み合わせは正直……とんでもない。
まさかそんなおじさんが門限を伸ばすことを許すなんてな。そりゃ俺は幼なじみという間柄他の人よりはかなり信頼をおいてもらえているとはいえ。とてもじゃないが信じられなかった。
あと、三葉の言い方。なんだ許可″させた″って。
「これが証拠」
「……ぉう」
すっ。三葉はスマホを開き、とととっ、と少し操作して。画面をこちらに見せる。
表示されていたのはLIMEのトークルーム。「佐渡家」と名のついた参加者三人のグループによるメッセージのやり取りの記録である。
おそらく背景としては三葉が門限の延長をおばさんに要請し、その後個人LIMEにて旨をおじさんに伝えた直後のこと。時間は今日のお昼だ。
『三葉! 門限の延長なんてパパは絶対許さないからな!! たとえ相手が駿君で、場所が駿君の家だったとしてもだ!!!』
『なんで?』
『なんでもなにもあるか!!』
『落ち着いて? 勉強するだけよ??』
『んなわけないだるぉ!? 付き合っている高校生が夜に部屋で二人きりなんて……何も起こらないわけあるか!!』
『お父さん気持ち悪い。考えすぎ』
『んなっ!?』
ま、まあ……うん。おじさんの言いたいことも分からないでもないな。
ただでさえ三葉LOVEなあの人のことだ。きっと暴走して脳内で相当嫌な方向に妄想が加速しているのだろうが。
とはいえ、年端もいかない男女が夜まで部屋に閉じこもろうとしていることは事実。父としては心配の一つもしたくなる。
だが、三葉はそれを″気持ち悪い″と一括。そこからかなりのショックを受けたのか、さっきまでは即レスだったトークが数分空いて。おじさんは言葉を続けた。
『や、やっぱり……ダメだ。門限は、みんなで決めた約束だろう……?』
『でもこれは勉強のため。私が赤点とか取っちゃってもいいの?』
『べ、勉強は自分の部屋でも出来るだろう!』
『できるならやってる。あんまり自分でこういうこと言いたくないけど、私の頭じゃ一人で勉強だと確実に三教科は赤点になるから。しゅー君の手助けが必要なの』
『っ……』
『許してあげたら? 何も夜遊びしに行くって言ってるんじゃないんだし。しかもお隣さんよ? 駿君だっていい子だし』
『あ、あの子がいい子なのは分かってる! 散々三葉からプレゼンもされて……昔から知ってるってのもあってギリギリ付き合うのを許したわけだからな。けど……けどっ!!』
ん? ちょっと待て。なんだプレゼンって。
コイツまさか、俺と付き合い始めたって報告した時に説得で俺のいいところの発表会でもしたってのか?
どうせ(仮)だってことは黙ってるんだろうな……。バレたら確実に俺は◯されるし。
ぞぞぞっ、と寒気が走り、全身に鳥肌が立つのを感じながら。指でスワイプしてトークを読み進めていく。
『お父さんしつこい。早く許可して』
『……』
『してくれなきゃ嫌いになる。仕事帰りのおかえりも言ってあげない』
『……テスト期間だけだぞ』
『ん、言質とった。スクショも。もう送信取り消ししても遅いからね』
「ほら、どう? ちゃんと許可貰ってるでしょ」
「ま、まあな。貰ってはいる、か」
少し。おじさんには同情してしまった。
確かにこれはしてもらったというより、させたの方がしっくりくる内容だ。
特に後半は酷かった。愛する娘に、嫌いになるとかおかえりを言ってあげないとか。こんなの言われたらもう許可するしかないじゃないか。
気の毒なおじさんに心の中でそっと合掌して。やってやった感満載の彼女さんに、スマホを返す。
と、とにかくだ。門限が伸びたのは良いことだな。
この二時間はかなり大きい。おじさんを弔うつもりで頑張らねば。
「ふふっ。勉強のためとはいえ、いつもより二時間も愛しの彼氏さんといられる。嬉しい」
「……俺も嬉しい、です」
俺と長く一緒にいられることに笑みを浮かべる彼女さんが、最高に可愛い反面。
少しだけ……ほんの少しだけ怖く映ったのは、内緒の話だ。