「はい、皆さんもご存知の通り。今日でテストまで残り四日となりました。テスト範囲も終わってますし、今日は自習にしたいと思います。教科は各々に任せますので、騒がないようにだけお願いしますね」
テスト四日前、金曜日。
いよいよ週明けの火曜日にテストが迫る中。一日六限ある授業のうち、そのほとんどが授業内容を自習へと変更していった。
「はぁ……また自習かぁ」
「なんだよ雨宮。嫌なのか?」
「嫌、ってわけじゃないんだけどさー。なんかこう、テストが近づいてきてるんだなぁって実感が辛い」
雨宮はため息混じりに呟く。
まあ、言いたいことは分からんでもないけどな。
しかし、やはり一秒でも時間を無駄にすべきでないテスト期間の自習は正直、かなりありがたい。
しかもこの現代文は大当たりだ。他の授業ではその授業の科目しか勉強してはいけないと言われる自習も多いというのに。全教科どれの勉強をしてもいいだなんてな。
「お前もちゃんと勉強しとけよ。赤点取りまくって補修だらけの放課後過ごすことになっても知らないぞ?」
「う゛っ。うるせえな、分かってるよ。でもなーんかやる気起きなくてさぁ……」
「ん、なら私が気合い入れてあげる。背中か顔、どっちがいい?」
「ちょっ、佐渡さん!? なんだその手!?」
すすすっ、と椅子ごと無音で近づいてきてさも当たり前かのように俺の机の上にノートを広げた三葉は、キランッ、と目を光らせて。言う。
構えられた手刀は、まるで獲物を品定めするかのようにゆっくりと上下し、雨宮をロックオンしていた。
気合い入れる、って。絶対そんなの喰らったら意識飛ぶだろ。いやまあ、それはそれで雨宮にはいい薬になるかもだけども。
「くそぅ、俺も佐渡さんみたいに好きな人につきっきりで勉強教えてもらえたらなぁ」
「無理だろ」
「無理」
「二人して即答!?」
いやだって、なぁ?
せめてコイツの好きな人が同年代や二個上くらいまでの、現在進行形でこの学校に在籍している生徒ならともかく。相手が先生となれば、それは無理ってもんだ。
「む、無理ってことはないだろ!? ほら、恋愛漫画とかでもよくあるシチュエーション! 放課後に先生と教室で二人きりになって勉強教えてもらう、みたいなさぁ!!」
「? それが無理って言ってるんだぞ?」
「安心して。二人きりになるとしても多分桜木先生が限界」
「っ!? 嫌だ、あの酒カス先生は嫌だぁ……っ!!」
辛辣に告げる三葉の言葉に、雨宮は頭を抱えて悶える。
なんて失礼な。桜木先生を酒カスって……いや、事実ではあるか。うん。
だが、酒カスであってもだ。むしろそんなところも含めて、意外とあの人は裏で男子生徒からの人気が高いと耳にしたことがある。
普段の振る舞いや口調こそあれだが、言われてみれば確かにあの人は容姿だけ切り取ると中々に美人だからな。あれだ、残念美人ってやつだ。中身はこんなんでも見た目はイケメン(ムカつくからあまり言いたくないが)な雨宮とは案外お似合いなんじゃないか?
「俺は清楚なお姉さんがいいのっ! 麗美ちゃんせんせと桜木先生じゃジャンルが違いすぎるだろっ!!」
「清楚なお姉さん、ねぇ……」
まあ他人の恋路だ。あまり強くは言わないが。
三葉同様、俺もノートを開いて。勉強の準備を整える。
教科は理科。今日の放課後に三葉に教える予定なところの復習だ。
「まあなんでもいいけど。とりあえず俺らはもう勉強するから。お前も前向け」
「ぐぬぬ……人でなしめ……」
そうして。どこか悔しそうにしながらも雨宮は前に向き直り、渋々といった様子で現代文の教科書を取り出す。
未だやる気は無さそうだが、かと言って俺たちの邪魔をする気も無いのだろう。そこから、再び振り向いて喋りかけてくることはしてこなかった。
そんな雨宮の背中を少しの間眺め、安心しつつ。筆箱からシャーペンを取り出す。
カチッ、カチッ、と。二回。ペンの上部を押して芯を出す音がしっかりと耳に届くくらいには、教室内は静かだった。
全く喋り声がしないというほどではないものの、かと言って集中を阻害してくるほどの大声を出している奴はいない。それくらいの静かさ。
むしろこれくらいが、ちょうどいいと思った。変に静かすぎてもあれだしな。
三葉のように、席を移動している奴も多い。
ちらりと後ろの方に目をやると、一人で集中して勉強している奴がいるのは当然のこと。何人かでグループのようになり教え合っている奴もそう少なくはなかった。
そして驚いたのは、勉強せずにただ駄弁っているようなのは見た限りで一人もいないこと。
みんな、意外と真面目なのだろうか。補修を受けるのが嫌だからってだけかもしれないが、にしてもだ。これは負けていられないな。
「私たちも、負けてられない」
「だな」
テストまであと四日。そしていよいよ、明日からは勝負の土日がやってくる。
俺たちもしっかりと気を引き締めないとな。別に順位を気にしているわけじゃないからクラスメイトと競うわけではないものの。やはりこんな空気を作られると、自ずと心の中の炎が燃えあがるというものだ。
(……よし)
シャーペンを強く握り、しっかりと心の帯を強く締めて。
俺と三葉は、目の前の教材と静かに向き合うのだった。