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第78話 甘えんぼモンスター、襲来

「…………ふぅ」


 ざぶぅぅっ。熱々のお湯が溜まった浴槽にゆっくりと全身を浸けると、湯気を上げながらその一部が流れ出て。それと共に、小さな声が漏れる。


 三葉と九時まで勉強し、家の前まで送ってからリビングで夜ご飯を食べて。そして食べ終えると共に速攻で浴室へと赴き、熱々のお湯に浸かる。まだテスト期間に入って三日目だが、もはやこの動きがルーティーンとなりつつあった。


「仕事終わりに父さんが湯船に浸かるの、多分これと同じなんだろうなぁ……」


 普段、俺はあまり湯船に浸かることはせず、基本的にお風呂はシャワーで済ませることが多い。


 きっとそれはお風呂を″体を綺麗にするためのもの″としか扱わないことがほとんどだからだろう。


 だけどたまに、冬場で身体がカチコチに冷えた後とか、今日みたいに疲れてヘトヘトになるまで勉強した後とか。そういう時にゆっくり湯船に浸かってみると、いかにお風呂が偉大な存在かを分からされる。


 お風呂はただ体を清めるためだけのものじゃない。体を温め、癒すものなのだ。


 そしてそんな、お風呂という存在に包まれる中で。俺を癒すものが、もう一つ。


「おっ。新しい動画上がってる」


 そう。ーーーーユアチューブである。


 湯船に浸かり、そこからだらりと右腕を伸ばして。その先端で握られたスマホから垂れ流されるユアチューブの動画を見つつ、蕩ける。


 まさに至福の時間。癒しの最上級である。


 はい、そこ。お風呂でスマホは駄目だとか正論言わない。


 俺だってこの行為のリスクは重々承知だ。湯船に落としてしまったら感電するとか、湯気で故障する恐れがあるとか。ちゃんと分かってる。


 ただ、それでもやめられないのが人間なのだ。コーラにポテチ、深夜にカップ麺、みたいに。俺はもうこの時間の虜になってしまった。


 湯船に浸かり、身体がポカポカに温まっていくのを感じながらの動画鑑賞。この背徳感と気持ちよさのハイブリッドはそうそう簡単に抜け出せるものじゃない。


 そうだな。俺をここから引っ張り出せるとしたら、これと同じかそれ以上の幸せを与えてくれる存在ーーーー彼女さんくらいだろうか。


 しかし、残念ながら。三葉さんは今この家にはいない。今頃自室で勉強中か、明日に備えて睡眠中かってところだな。


 って、睡眠中だったらまずいな。まだ明日の予定を決めていない。


 明日からはいよいよ土日。もちろん俺の部屋に一日引きこもって勉強三昧という案もあったのだが、一週間全く同じ部屋で全く同じようなことを繰り返すのは辛いだろうからと。明日は一度気分転換で勉強場所を外に変えようと話していたのだ。


 だが、肝心な内容までは決められていない。集合時間も集合場所もまだなのは流石にまずいか。


 まあ別に、結局のところ明日も朝から集まること自体は確定なわけだし、それを分かっている三葉はいつものように俺の家のインターホンを鳴らすことだろうからな。集合してから諸々を決めるのでもいい気はするが。


「アイツ、まだ起きてるといいけど……」


 念のため、LIMEでも入れておこうかと。ユアチューブを閉じた、その瞬間。


 ブーーーーーッ。ブーーーーーッ。


 携帯が、小刻みに振動した。


「……」


 LIMEのメッセージや他アプリの通知などではない。このスヌーズの長さは、電話だ。


 そしてかけてきた相手の正体は言わずもがな。まさかアイツ、とうとう目の前にいなくとも俺の心を読めるようになったのだろうか。流石を通り越してもはやちょっと怖い。


 しかし、電話が来なくとも俺から連絡しようとしていたことは事実。出ずにスルーするという選択肢は、無かった。


「もしもし?」


『ん。しゅー君愛しの彼女さんです』


「知ってるよ。名前表示されてたし」


『どう? かけてきたのが私で、嬉しい?』


「嬉しい嬉しい」


『むぅ。なんか適当……』


 適当だなんてそんな。愛しの彼女さん相手ですから。


 電話の向こう側で頬を膨らましていじけていそうな彼女さんの姿を想像して。思わずくすりと笑みが漏れる。


 それにしても、まさか向こうから電話がかかってくるなんてな。やはり要件は俺と同じだろうか。


「んで、どうしたんだ? 明日のことか?」


『そう。まだどうするか決めてなかったと思って。……っていうのが、口実』


「口実……?」


 この口ぶり。つまり、本当の理由は明日の予定を決めるためじゃないってことか?


 なら、なんだ? それ以上の理由というのは、正直ピンと来ないが。


 悩む俺に。三葉は言葉を続ける。


『しゅー君の声、聴きたくなって。電話しちゃった』


「……え?」


 コイツ今、なんて?


『えへへ。今社会の勉強してるんだけど、途中でどうしてもしゅー君に甘えたくなって集中切れた。だからなでなでの代わりに少しお話し、してほしい』


 俺がこの入浴を繰り返し、クセになったように。


 どうやら三葉もまた、俺とこの三日間で幾度となく続けてきた勉強法が染み付いてしまったらしい。


『こうなったの、しゅー君のせいだよ。ちゃんと責任取って。構って♡』


「〜〜っ!?」


 耳元から甘い囁き声が伝わってきて。ただでさえ温まってぽかぽかな身体が、更に熱くなっていく。



ーーーー甘えんぼモンスター、襲来である。


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