(構って……ねぇ)
さて、どうしようか。
無論彼女さんをこうしたのは俺の責任だ。無視するようなことはしない。
というか責任云々以前に、こんな甘え方をされたら俺だってお話しとやらをしたくなってきた。
しかし、だ。
(俺今、お風呂で裸なんだよな……)
一見ナイスタイミングな着信に思えたが、よくよく考えたら、というか考えるまでもなく。めちゃくちゃ困るぞこの状況。
流石にこのままで通話を続けるわけにもいかないだろう。ビデオ通話じゃないからバレないとか、そういう問題じゃない。こう、気持ち的にだ。
一旦切るか? いやでも、そうすると今俺がどういう状況なのか説明しなきゃいけなくなるんだよな。それはそれでなんか嫌だ。
どうして数分前の俺は何も考えずに電話に出てしまったのだろう。熱いお湯にしばらく浸かっていたせいで頭がダメになっていたのか……?
時間を巻き戻して過去の自分を引き止めたい気持ちに駆られつつ。しかし今更どうにもならないことだと理解もしているため、後悔するのをすぐにやめて。思考を切り替えていく。
大事なのは今、お風呂で通話している現状を悟られないこと。そして、気づかれずにここを脱出するための手段を考えることだ。
湯船に浸かるだけ浸かってシャワーを浴びずに例え一時的にでもお風呂からあがるのは些か気持ち悪いが……この際仕方ない。
幸いなことに、身体はポカポカに温まっている。数分ならそう湯冷めすることもないだろう。
だから、作戦としてはこうだ。
まず、三葉にバレないよう音を立てずに浴室を出る。次に軽く身体を拭いて脱衣所でしばらく会話。そして最後に、三葉が満足したらお風呂に戻り、シャワーを浴びる。
のぼせ気味のふわふわした頭で考えたにしてはよく考えた方じゃないだろうか。これなら俺がお風呂にいたことはバレず、三葉の要望も聞ける。
よし。では早速ーーーー
『ねえしゅー君。もしかして今、お風呂にいる?』
「……」
あ、あれ。おかしいな。
なんか今もしかして、俺の作戦は始まるまでもなく潰れたか?
……いや、まだだ。三葉は疑問系で問いかけていた。
つまりまだ確証は持てていないはず。うまく誤魔化せば、まだなんとでもなるかもしれない。
「な、なんでそう思うんだ?」
『声、ちょっと反響してる。あと僅かな水音。これは……湯船?』
ああ、駄目だ。三葉相手にそんなの通用するはずがなかった。
もはや勝負の土俵に立たせてもらうこともできず。その超人的な聴覚によって、みるみるうちに俺の現状が露わにされていく。
『ふふっ、そっか。しゅー君の裸……ごくりっ』
「ごくりじゃねえよ! 変な想像すんな!?」
『だ、大丈夫。私がしゅー君で妄そーーーー変な想像するのはいつものこと。だからその、大丈夫!』
「なんのフォローにもなってねえよ!?!?」
こ、コイツ今、とんでもない暴露しなかったか?
俺で妄想するのはいつものこと……って。それはその、あれか? そういうあれなのか?
ま、まあ確かに普段から身体が火照るだの発情するだの言う奴だ。それくらいしてても変じゃない、か。
いや、変か変じゃないかはどうでもいい。大事なのは、三葉が俺で変なことを妄想しているという事実。
(三葉は一体、どんなことを……)
ごくっ。俺が裸だと察した瞬間の三葉と同じように。妄想する三葉の姿を妄想して、俺も思わず喉が鳴る。
三葉だって俺と同じ、まだ十五の思春期真っ盛りな高校生だ。それで妄想しながらすることと言ったら、一つしかーーーー
「っっっ!!!」
ざぱぁぁぁぁぁあっ。
よろしくない。当人と通話しながら、それも裸で考えつくにはあまりによろしくない、そんな結論に行き着きそうになったその瞬間。俺の身体は反射的に動き、大きな水音と共に立ち上がる。
あまりに急だったからか。電話の向こうの三葉は反応こそ小さいながらも、驚いた様子だった。
『ど、どうしたの?』
「……なんでもない、です」
鏡など無くても分かるほどに。顔に熱が集まって、真っ赤に染まっていくのを感じながら。羞恥心を覆い隠すように、びしょびしょの左手で頭を掻きむしる。
やっぱり……こんな状態で電話に出るべきではなかった。
ただでさえこんな話、平常時に聞かされても紅潮する自信があるってのに。
熱いお湯に長時間浸かり、全身が火照っている今。思春期の身体が”反応”してしまうのは、もはや当然のことだった。
「三葉すまん。五分、いや十分後にかけ直してもいいか?」
『え? な、なんで?』
「実は結構前から湯船に浸かっててな。ちょっとのぼせてきてるし、一度シャワーも浴びたいから」
『わ、分かった。そういうことなら……』
「じゃあ、またあとで」
『あっ、ちょっと待って! できれば通話は繋いだままで、シャワー音だけでも聞かせてほしーーーー』
ツー。ツー。ツー。
俺が一方的に通話終了ボタンを押したことで、三分四十五秒という通話時間の記録だけが映し出されたまま。通話が途切れる。
三葉は何かを言おうとしている途中だったようだが、仕方ない。こうなってしまってはもう一秒でも早く通話を切らなければいけなかった。
「……」
そこから先のことは、あまり詮索しないでくれ。
俺もーーーー思春期だからな。