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第80話 イチャイチャビデオ通話1

 プルルルッ。プルルルッ。ぽろんっ。


『……遅い。もう十二分も経ってる』


「ごめんて。ドライヤーに時間かかってさ」


 大急ぎでシャワーを浴び、身体を拭いて。寝巻きに着替えてから髪をドライヤーで乾かし、二階の自室へと上がったところで。そのまま電話をかけると、僅か一コールで応答した三葉は、少し不満げな様子だった。


 これでもかなり頑張ったんだけどな。その証拠にほら。まだ少し髪が湿っている。いつもなら完全に乾くまでしっかりドライヤーをかけるところを、今日はある程度のところで切り上げてしまった。


『彼女さんを待たせるなんて。これはもう一つくらいワガママを聞いてもらわないといけない』


「も、もう一つ?」


『ん』


 まあこちらからの着信に対してすぐに応答してきたくらいだもんな。きっとこの十二分、ずっとスマホに張り付いて俺のことを待っていてくれたのだろう。


 そんな彼女さんを放っておいて俺は……なんて自己嫌悪してしまいそうな考え方はやめておこう。それよりワガママのもう一つくらい、潔く聞いてやらないとな。


 一度スマホを机の上に置き、椅子に腰掛けながら。問いかける。


「分かったよ。待たせたのは事実だからな。それで、ワガママって?」


『! 流石は私の彼氏さん。じゃあ遠慮なく』


「おう。どんと来い」


 もう一つのワガママ、か。


 三葉のことだ。なにかとんでもない要求をしてきそうな気がするが。


 しかし、今はできる限り応えよう。心の中に確かにある罪悪感の種を、これ以上膨らませないために。


 そんな決意を胸に。言葉を待っているとやがて、一拍おいて。一度目は呟くように、そして二度目は迫真の様子で。言う。


『ビデオ通話、したい』


「……うん?」


『ビデオ通話! したい!!』


「お、おぉ」


 ビデオ通話。それはLIMEに標準搭載された機能の一つである。


 まあ現代を生きる人ならみんな知っているだろうし、多くを語る必要もないはず。名前の通り、ビデオを介して行う通話だ。


「えっと……そんなのでいいのか?」


『そんなのがいい!!』


 てっきりもう少しこう……いや、具体的にこれってのは浮かばないけども。


 とにかく、難しい要求をされるものだとばかり思っていたが。そんなのならお安い御用だ。


「まあ三葉がそれでいいなら、それで。たしかやり方は……」


 ビデオ通話なんてそうそうするもんじゃない。というか、俺の場合は覚えている限りだと一度もしたことがないからな。少し手間どりながら、通話を始めるためのボタンを探す。


 すると、スピーカー設定やらなんやらをするボタンがいくつか並んでいる画面の右端に、「ビデオ通話」と書かれたものを発見した。どうやらこれを押せば始まるらしい。


(あれ? なんか……ちょっと恥ずかしいな)


 三葉には何度も酷い髪型をーーーーそれこそ寝起きで爆発したものまで見せたことがあるからな。風呂上がりで乱れているこの髪も、それに比べればまだマシとはいえ。


 しかし、やはり気にはする。だからせめて少しくらいは、と。一度スマホの画面表示をオフにして手鏡代わりに使い、前髪を弄る。お安い御用なんて言っておいて女々しいものである。


「むっ……」


 髪質なのか、俺の髪は濡れるとどうにも毛先が暴れてしまう。普通はもっとぺたんこになるものだと思うのだが……。指先で何度か触ってみても、なかなか真っ直ぐには戻らない。


 それに、普段は降ろしている前髪も変なところで別れてしまっていた。ドライヤーでしっかり乾かし切ればすぐにいつもの髪型に戻るんだが、そんな時間は無い。第一ドライヤーは下に置いてきたし。


 肩から下げていたタオルで今から拭こうにも、多分間に合わずにむしろ今より乱れた髪型を披露してしまうのがオチだ。


『しゅー君。こっちは準備できた。始められそう?』


「え? ちょ、ちょっと待ってくれよ。すぐにできるようにするから」


 参ったな。弄れるのはせいぜい前髪くらいか。


 まあ最悪、後ろや横の跳ねた髪は俺を正面からしか映さないビデオ通話越しだと見えないだろうし。せめてもの抵抗で前髪だけでもなんとかーーーー


『ねえ。まさかとは思うけど……髪、整えようとしてる?』


「ぎくっ」


『やっぱり』


 ビクッ。的確に状況を言い当てられ、身体が小さく震えて。あまりに分かりやすい反応で墓穴を掘った。


 そしてそんな俺に追撃するかのように。三葉は言葉の矢を飛ばす。


『そんなことする必要ない。というかしないで。お風呂上がりな彼氏さんの激レアショットが撮れなくなる』


「……はい」


 言い返せるはずもない。そもそも待たせている身なうえに、髪を整えるから更に待ってくれだなんて。自分勝手が過ぎる。


 それに、三葉の気持ちはよく分かるから。俺だって三葉のーーーー大好きな人の風呂上がりの姿を見られる機会があるならば、逃したくはない。もし髪を乾かそうとしようもんなら、間違いなく同じように止めようとすることだろう。


(仕方ない……か)


『早く。早くっ』



 俺は観念し、「分かった」と小さく返事をして。大人しくビデオ通話のボタンをタップしたのだった。

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