ボタンをタップすると、やがてすぐに表示が切り替わっていく。
さっきまでは三葉の名前とアイコン、通話時間等の簡素なものばかりが映し出されていた画面は、数秒のロードを経て二分割にスタイルを変化させながら、その片方を色づかせた。
表示されたのは、スマホのインカメラを介した俺の姿。本体の型が少し古めなせいか画質は悪いものの、そこにはしっかりと分かりやすく風呂上がりな市川駿がいる。
ちなみに画面のもう半分、左右で言えば左側はというと、ビデオカメラのようなマークにバツ印のされた絵文字? のようなものが映されていた。おそらく、まだ三葉の方のビデオがオンになっていないからだろう。
そうして、それから更に数秒。画面の向こうの自分と見つめ合うというなんとも言えない時間を過ごすと、やがて。
「おっ」
通話に応答があった時のような機械音は無く、無音のまま。人影が現れる。
最初は粗い画質から。そのまますぐにカメラのピントが合って鮮明に映し出されたのはーーーー
『……』
「……」
いつもはサイドテールのようにして一つ結びにしている髪は解かれ、必ずしている昔俺がプレゼントしたヘアピンも外されて。どこか大人びた雰囲気を纏っていながらも……しかしそれでいて、まるで毛皮のようなもこもこのパジャマを見に纏うことで子供っぽく見える。そんな、愛らしさ百二十パーセントの彼女さんであった。
か、可愛い。……なんてもんじゃない。
そうだ。どうして俺は失念していたのだろう。
ビデオ通話なのだから、見られるのは俺だけじゃない。俺が風呂上がりの姿と同じように、三葉もまた。パジャマ姿という、本来であれば見せることのない格好を俺に晒すことになるのである。
(ああクソ……っ。もっと綺麗な画質で見たいッ!!)
しかしまさかここにきて、古いスマホを使っていることが仇となるとは。
じぃっ、と無言でこちらを見つめてくる三葉同様、俺も同じように画面に映された視覚情報を必死にキャッチしようとしたのだが。やはりスマホ本体のスペックが低いのか、目を凝らしてみても映像が鮮明になることはなくて。
「……ん?」
ただ、そんな中でも。三葉の鼻から口元にかけて伝う一筋の″赤い″線は、容易に視認することができたのだった。
「ちょ、三葉!? おまっ、鼻血出てるぞ!?」
『……はへ?』
「はへ、じゃなくて! ティッシュ!!」
何故か惚けている三葉は俺の声に鈍く反応し、そっと自分の顔に触れて。指先についた血を数秒ぼーっと見つめたと思ったら、再びこちらを向く。
そして、相変わらず画質の悪い映像の向こう側でその血をぽたぽたと机の上に落とすと。目をハートにしながら、言った。
『ど、どうしよう。濡れ濡れ彼氏さん……えっち過ぎる……』
「いやだから! とりあえず鼻血止めろってぇ!?」
どうやら、俺の風呂上がりの姿は三葉の中の″何か″を強く刺激してしまったらしく。
それから三葉が正気に戻ったのは、伝う赤のラインが一本から二本に変わった頃。ようやくはっとして近くのボックスティッシュを手に取ると、早業で顔と机を拭き、両鼻に細長く丸めたそれを詰めていく。
『っ……。ご、ごめんしゅー君。あまりのえっちに取り乱した』
「も、もう大丈夫なのか?」
『ん゛』
よ、よかった。まったく、びっくりさせやがって。
しかし流石の三葉さんでもすぐ血を止めるというわけにはいかなかったらしい。どうやら、あのティッシュは詰めたままでいくようだ。
にしても本当に驚いたな。まさか興奮で鼻血を出すなんて。ただ髪がちょっと湿っているだけだろうに……。
『うぅ。彼氏さんに可愛くないところ見られた。恥ずかしい』
「いやそんな。まあ驚きはしたけどな」
じゅび、と鼻を鳴らし、啜りながら。そう言って少ししょぼんとする三葉にも引き続きしっかりと″愛らしさ″を感じつつ、頭を撫でるくらいの気持ちで慰める。
可愛くないところ、なんて。まあ確かにさっきのには驚かされたし、少し血の気が引いたけどな。
『薄々予想はしてたけど、まさか濡れ髪彼氏さんの破壊力がここまでなんて。想定が甘かったみたい』
「は、破壊力て。むしろ普段より変じゃないか? こんなだし、正直見せるのちょっと恥ずかしかったくらいなんだけどな」
『そんなことない。今のしゅー君は彼女さんを一撃で悩殺して行動不能に陥れられるくらいには破壊力の塊。言うなれば歩く鉄毱」
「例えが独特すぎる……」
鉄毱ってお前。それあれだろ。手裏剣を球体みたいにして全方位に尖った先端が向いてるあの殺傷能力抜群な忍具のことだろ。
それが歩いてくるってどれだけだよ。地面も触れた相手も穴だらけになるぞオイ。
そのくらい、今の俺の姿に魅力を感じてくれたって解釈でいいのか? だとしたら悪い気はしないが……。
ひとまず、濡れ髪というやつがコイツの癖にとんでもなくブッ刺さるってことはよく分かった。お褒めに預かり光栄だが、これからは見せることのないよう気をつけるとしよう。
外でまたさっきみたいなことになったら、大惨事だ。