目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第83話 彼女さんからのご褒美

『でねでね、これも見て。国語もいっぱい勉強した』


「うわ、凄いなそれ。範囲内の漢字の暗記もう全部終わらせたのか?」


『ん!』


 ……って、あれ?


 おかしいな。完全に″そういう″流れになったと思っていたのだが。


 あれから十数分。三葉は俺にいっぱい褒められようと、これまでの国語と社会の勉強成果をこれでもかというくらい見せつけてきていた。


 社会のまとめノートに加え、今見せられたのは本番のテストで十五点分出題されると発表された漢字問題の暗記に使ったのであろうページ。


 そこにはまるまる二ページ分何度も範囲内の全漢字が殴り書きされており、それを繰り返すことで、既にコイツの頭にはその分の内容が全て完璧にインストールされているようだった。


『ふふんっ。もっと褒めてくれていい』


「なんか上からだなぁ……」


 どうやら珍しく、俺の悪い予感は外れたらしい。


 三葉は結局、たったの一度も「直接会いたい」と口にしてくることはなくて。ただひたすらに画面越しでの甘やかしや褒めを要求し、それが叶ったら満足げな表情を浮かべるというのをかれこれ何度も繰り返していた。


 門限があるからとしっかり割り切っているのか、はたまた我慢しているのか。その心中は分からないけれど。それとは逆に、はっきりと分かっていることが一つ。


(可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い。会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい!!)


 それは……どうやら、俺の方が先に限界を迎えそうだということだ。


 可愛い格好、可愛い表情、可愛い仕草。それらを幾度となく見せつけられ続けた俺の心は、もうたった二つの感情に支配され尽くしていて。


 自分のことだから嫌でもよく分かる。このままじゃ気持ちを吐露してしまうのも、もう時間の問題だ。


 だが、幸か不幸か。そんな俺に、三葉は言う。


『ふぅ。ありがと、しゅー君。おかげさまで彼氏さん成分、いっぱい充電できた。これならもうひと頑張りできそうだし……そろそろ終わらないと』


「え? お、終わるって?」


『? もちろん、この通話のことだけど』


「っ!?」


 思いがけない提案に、チラリと壁掛け時計に視線をやる。


 現在時刻は午後十時半。すっかり遅い時間だ。


 まあ俺にとってはそこまでなのだが。健康優良児の三葉にとってはやはりそうもいかないだろう。


 コイツの活動限界はせいぜい日付が変わるあたりまで。となれば、勉強できるのはせいぜいあと一時間と少ししかない。


 いくら得意教科とは言っても、やはりしっかりと点数を取るためには最低限まとめる作業や暗記なんかでそれなりに時間を割く必要があるからな。そしてその大事な時間は、三葉にとってはこの夜の間しかないわけで。


 それをちゃんと理解しているからこその申し出か。まさかあの三葉がここまで勉強に意欲的になってくれるなんてな……。


 三葉の″これまで″をよく知っているからこそ。心の奥底から、しみじみとした感情が湧き上がってくるのを感じた。


 これは凄いことだ。喜ぶべきことだ。


 ーーーーなのに。


(……何考えてんだ、俺は)


 それを分かっていて尚。俺は、まだこの通話を終わらせたくないと思ってしまっている。


 俺の彼女さんにパワーを与えて集中を取り戻させるという役割はたった今、終わったのだ。充電が完了して再び机に向き合おうとしている三葉を今ここで引き止めることは、″邪魔″に他ならない。


 頭ではそう、ちゃんと理解しているのに。言いたくてたまらない。


 まだもう少し話していたい。できることなら今すぐ会いたい、と。


 そして当然、そんな俺の思考を彼女さんが読み取れないはずもなく。


『えへへ。彼氏さんは本当、分かりやすい』


「……うるせぇ」


 全てを悟った表情で。三葉は微笑んだ。


 つい数十分前はコイツの方が構ってって言ってきていたのにな。これじゃまるで立場が逆転したみたいだ。


『じゃあ、また明日』


「っ……ま、また明日、な」


 だが、三葉はそれ以上揶揄うことも、通話を長引かせることもせず。そう言うと、俺の返事だけを聞いて。そのまま、通話を切る。


 片方が通話終了ボタンを押したことによって強制的に画面が切り替わると、表示されたのは三葉とのトーク画面。そこには『32.57』と、通話時間を示す数字順が残されていた。


「…………はぁ」


 それが何の感情からかは、うまく説明できないけれど。時計の針が進む音だけが聞こえてくる静かな室内に、俺の大きなため息がこれでもかと響き渡る。


 三葉は今頃、勉強に戻っただろうか。


 俺も机に突っ伏している場合じゃない。食事も風呂も済ませて、彼女さんエネルギーも充電できたのだ。せめて国語と社会、どちらか一教科くらいは進めないと。


 なんて、頭では考えながらも。白い天井を見つめ、もう一度ため息を吐く。


 そして、それとほぼ同時に。


 ーーーーぽろんっ。スマホの通知音が鳴る。


「誰だよこんな時に。……って、三葉から?」


 てっきりくだらない公式LIMEからのメッセージかアプリの通知だと思っていたのだが。連続して合計三回鳴った通知音は全て、三葉からのメッセージを受信したもので。


 しばらく画面に触れなかったことで一度スリープしたスマホのロックを解除し直し、LIMEを開く。


『付き合ってくれてありがとう、彼氏さん』


『可愛い可愛い彼女さんからのお礼。このお宝画像で今夜の寂しさを紛らわせて♡』


 三件のうち、二件はメッセージ。そして残りの一件は、画像の添付。


 そこに映し出されていたのは、ビデオ通話中の必死のスクリーンショットでは絶対に撮ることのできなかった、文字通りのお宝画像。


 可愛いもこもこパジャマを自ら捲り、お腹を露出させたーーーー


「〜〜〜〜っっっ!?!?」


 今日の俺は、本当に駄目だな。



 彼女さんに……振り回されてばかりだ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?