「……う゛ぅ」
顔をしかめ、眉間にたっぷりと皺を寄せながら。そんな、呻き声のようなものを呟いて。重い瞼を持ち上げる。
カーテンの隙間から差し込む光が憎たらしい。元々寝起きの悪い俺にとってそれはいつものことではあるものの、今日は特別鬱陶しく感じる。
何故って? 決まっているだろう。
「ね゛む゛い゛」
現在時刻六時半。どうやら俺は、二時間しか眠れなかったらしい。
まあ要するに……寝不足である。
「ぐぞっ。アイツのせいだ……」
昨晩の俺はあの後、それはそれは悲惨な目にあった。
というのも、だ。三葉との電話が終わって、あのお宝画像が送られてきた後。俺はもう何も手につかなくなってしまったのである。
勉強しようにも三葉のことばかり考えてしまって集中できないし、じゃあいっそのこと今日に備えて眠ってしまおうとベッドに潜って目を閉じても全く意識は遠のかなくて。
もう途中からは勉強のことは諦め、眠るための方法をこれでもかと試したのだが。その結果、気づけば最後に時計を見た時には朝の四時。おそらくそこで何かしらが上手くいって気絶するように眠りに落ちることができたものの、その末路はご覧の通り。カーテンの隙間から漏れ出た光がものの見事に顔面に直撃しているからか、はたまた身体が何かしらの要因でバグったからなのか。とれた睡眠時間はたったの二時間半だった。
きっと睡眠の質も相当悪かったのだろう。おかげさまでなんか身体の節々が痛いし、疲れもあまり取れていないように感じる。そのうえスマホを鏡代わりにして自分の顔を見てみると、目の下にはしっかりとしたクマができている始末。
「はあぁぁぁぁ」
そりゃあクソでかため息の一つくらい出ますとも。
いやほんと、どうしようか。この時間は何をしようにも中途半端だ。
二度寝……は、できたら理想なんだけどな。なんか今寝たらもう起きられない気がする。
たしか三葉との集合時間は朝の九時とかだったよな。となればあと二時間半。うーん、無理だ。
だけど流石にこのクマ全開体調絶不調で三葉と会うわけにもいかないだろう。ならせめて、顔色がさっぱりするようなことをしておきたい。
「……風呂か飯、か」
そうして俺の頭に浮かんだのは、その二択。
まず風呂。まあこれはさっぱりするって意味で安易に思い浮かべたものだ。したことがないから分からないが、朝シャワーはなんか活力をもらえそうな気がする。
次に飯。朝ごはんの時間にはあまりに早すぎる気はするものの。とはいえこの時間帯はちょうど父さんが仕事に行く前に母さんに朝ごはんを作ってもらって食べているだろうし、たまにはそこに混ざるというのもいいかもしれない。腹を満たせば顔色も良くなるはず。
まあ、とにかくそんな感じで。どちらを選ぶにしても、だな。
「くぁあぁ。降りるかぁ」
ひとまず、部屋を出て一階に降りよう。そうしないと始まらない。
あくび混じりに重い身体を起こし、スマホをズボンのポケットに突っ込んで。部屋の扉に手をかける。
思いの外、しっかりと身体がよろける。階段もしっかりと手すりを掴んで降りなければかなり危ないくらいだ。
生存本能ってやつだろうか。自分の身体が気をつけないと命の危険に晒さられると分かると、少しだけ目が覚めて頭も冴えたような気がした。まあ本当、少しだけだけども。
だが、今の俺にはその少しが活力になる。おかげでなんとか滑り落ちることなく一階に辿り着くと、リビングへの短い廊下を進んだ。
「〜〜〜♪」
「〜〜〜!」
「……?」
上手く聞き取れない。聞き取れない、が。何やら楽しそうな会話をしているのは伝わってくる。
父さんも母さんも、何か良いことでもあったのだろうか。いやまあ、元々あの二人の夫婦仲はかなり良い方だからな。何もなくてもテンション高く喋っていてなんら不思議ではないが。とはいえ、今の俺にその高いテンションで来られると些か気が滅入る。できればいつも通りでいてほしいものだ。
そんなことを考えながら、ようやくリビングの前まで歩みを進めて。少しずつ、聞こえる会話の内容が鮮明になっていく。
「〜〜よねぇ。〜〜ちゃん、娘〜〜」
「だなぁ。いっそのこと〜〜」
「〜〜〜」
……あれ?
気のせい、だろうか。なんか今、声が二つじゃなくて三つだったような。
いや、そんなわけないよな。父さんと母さんの声ははっきりと聞こえたが、最後のは声量が小さくて何を言ってるのか聞き取れなかった。
ああ、そうだ。テレビの音か。
リビングのテーブルとテレビの配置から考えて、近い二人の声だけ聞こえて奥の方にいるテレビの声だけほとんど聞こえないのはいたって自然な話。
そうかそうか。驚かせやがって。
もしかしたら三葉がーーーーとか考えてしまった。こんな早い時間からいるわけないのにな。
まあでも、声の正体がちゃんと事前に分かって安心した。これならリビングに入っていっても問題無いな。
「父さぁん、母さぁん。何話してんだぁ〜?」
さて皆さん。お気づきだろうか。
そう。この男、今とんでもないフラグを立てたのである。
しかもそのことに気づいてすらいない。そりゃ当然、こうなる。
「あっ。おはよう、しゅー君」
「……は?」