ぐりぐりっ、と。瞼を擦る。そしてもう一度、目を開ける。
「おっ? なんだ駿。珍しく早いな?」
父さん。
「うわ、何そのクマ。どうしたの?」
母さん。
「大丈夫? 寝不足?」
……三葉。
いやいや。いやいやいや。
ぎゅっ。目元に力を入れ、両手でしっかりと擦って。さらにもう一度、次はしっかりと目を見開く。
「本当だ。夜更かしはよくないぞ?」
父さん。
「どうせしょうもないことでしょ〜。それこそ三葉ちゃんのことを考えてて寝れなかったとか?」
母さん。
「ん。ありえーる」
…………三葉。
うん。どうやら幻覚を見ているわけではないらしいな。
なんでか、とか。もうそういうのを今考えるのはちょっとしんどいから。とりあえず事実確認だけしっかりとしておこう。
リビングに入ると、目の前で食卓を囲んでいたのは三人。
一番奥から父さん、その正面に母さん。そしてその隣に、三葉。
どうやらこんな早朝から三人で仲良く朝ごはんと洒落込んでいたらしい。どおりで二人のテンションが高いわけだ。
そして心なしか、三葉もただでさえ赤ちゃんのように白くスベスベな肌がツヤツヤして見える。たっぷりと餌付けしてもらったのだろうか。
「……えっと?」
ああ、駄目だ。頭が回らん。
どこからツッコめばいいのか。というかもうしんどいからできればツッコミたくないまである。
なんでこう、寝不足でしんどい時にこんな奇妙奇天烈な状況を見せつけてくるかな。キャパオーバーだこの野郎。
しかし俺が心の中でどれだけ叫んでも、当然この現状が変わることはなく。もしゃもしゃとエッグトーストを頬張ってそのまま食べ切ってしまった三葉がゆっくりと近づいてきて、とりあえず座れと言わんばかりに俺を招く。
四人席を想定されたテーブルの最後の席は当然、父さんの隣。だが変なところで察して気を使ったのか、そそくさと母さんがそこに移動した。即ち、あっという間に三葉と隣同士の密着席が完成したわけである。
「ふふっ、まさに早起きは三文の徳を体現したみたいな状況。美味しい朝ごはんが食べられて久しぶりにおじさんとも話せて、そのうえ予定時間より早く彼氏さんにも会えるなんて」
「ははっ、その二つに挟んでもらえるなんて光栄だなぁ。なんか今日は仕事頑張れそうな気がするよ」
「あら? 何その言い方。今日は、って。いつもは私だから頑張れてないってこと〜?」
「ひっ!? そ、そんなこと言ってないだろ!? 本当いつも、感謝してます。早起きしてこんなに美味しいご飯まで作ってもらって……」
「そう。ならいいけど〜」
「ん。相変わらず仲良し夫婦さん」
一体、俺は何を見せられているんだろうか。
とりあえず今分かるのは、俺の左腕に当たっている柔らかい物の感覚が相変わらず素晴らしいということだ。
いっそのことここで座ったまま寝てしまっては駄目だろうか。いや、流石にか。
「しゅー君? なにがなんだか、って顔してるけど。本当に大丈夫?」
「なにがなんだか」
「わお。顔どころか言っちゃった。さては相当寝ぼけてるわね?」
寝ぼけ……まあそうだな。あながち間違いではないかもしれない。
なんせ未だに瞼は重いし、視界が若干ぼやけている。身体もとにかくだるくて動きたくない。そのうえ思考すらまとまらないとなれば、これはもう寝ぼけていると言っても差し支えない状態だろう。
「弱ってる息子ってなんか新鮮だわ〜。記念写真記念写真」
「はい、スマホ」
「さっすが気が効く〜。はいはい、三葉ちゃん笑って〜? はい、チーズ!」
「✌︎('ω'✌︎ )」
カシャッ。乾いたシャッター音が響く。
突然の行動だったが、三葉はちゃっかりタイミングを合わせてピースまでしていた。
しかし当然、俺の方はそうもいかず。きっと相当不細工な顔で映ったことだろう。できれば消して欲しいが、もはやそれを言うのもしんどい。
「あら、ダメだわ。マジで寝ぼけてるわこれ。というか弱ってる」
「おばさん、写真送って。彼氏さんフォルダに保存する」
「彼氏さんフォルダ? 流石は彼女さんだねぇ。そんな素敵なフォルダがあるのかぁ」
「んっ……これで総枚数、五百枚超え」
「「おお〜〜」」
「……」
誰か助けてくれマジで。情報を処理する前に次の情報が流し込まれていつまで経っても完結しない。無量◯処みたいになってるわこれ。
しかも悪質なのは、敵が一人じゃないこと。弱ってる一人に対して三人でってリンチかよ。なんでもいいわけじゃねえんだぞ。
こういう時、せめて同じ男の父さんは俺の味方になるのがセオリーってやつなんだけどなぁ。どうやら三葉とは父さんも母さんどちらとも混ぜるなキケンだったらしい。
いや、混ぜるなキケンというより混ぜるな俺が死ぬ、かな。ははは……何言ってんだろ。
思考が混濁し、もはや意識がはっきりしているのか薄れているのかも分からない中で。俺はもう、己の生存本能に従うことしかできなかった。
するとどうなるかって? 導き出された結論は一つ。
「おっ」
「あっ」
「んっ」
ガタンっ。俺は気づけば無意識に椅子を引き、全員から見られながら立ち上がって。流れるようにーーーー言っていた。
「二度寝してきます」