「ふぅ。食った食った……」
ぽんぽんっ。膨れたお腹に軽く手のひらを当て、さすりながら。満足感を体現したかのような息が漏れ出す。
まだ起きて一時間と経っていないってのにな。どうしてこう俺の身体は単純なのか。お腹がいっぱいになると多幸感が溢れてきて、少し瞼が重くなるのを感じた。
「お腹いっぱい。お昼寝……したい」
「駄目だぞぉ。気持ちは分かるけどなぁ」
しかし当然、この眠気に呑まれてやるわけにはいかない。
時刻は一時過ぎ。腹拵えは済んだし、そろそろ本当に動き出さないとな。
「今日は外出諦めて家で勉強……ってのも考えたけど、無理そうだな。絶対寝ちまうわこれ」
「けど、そうなるとどこで勉強するの?」
「うーん。どうするかねぇ」
ごろんっ、と床に寝転がってしまいそうな欲望を断ち切り、ひとまず立ち上がって。クローゼットから外行きの着替えを探しつつ、思考を巡らせる。
ひとまずこの部屋は選択肢から除外だ。だから外に出るのは確定として、問題はどこに行くか。
やはり有力候補は喫茶店、ファミレス、フードコートだろうか。一応学校の空き教室とかも考えはしたが、うちの校則で制服にならなければいけないのが面倒だ。
そして今日が土曜日ということを考えると、フードコートも中々に厳しいような気がする。なにせそこは近所のショッピングモールに内蔵された所だからな。人は多いだろうし、そのうえおそらくかなり騒がしい。とてもじゃないが集中して勉強するには向かない。
なら、これで候補は絞られて残り二つ。
「喫茶店かファミレス?」
「だな。流石、俺の脳内をよくお分かりで」
もはや当たり前のように心の中を読んでくるのに驚きもしない。慣れというのは恐ろしいな。
まあとにかく、やはりこの二つしかないだろう。喫茶店は仕事をしている人やパソコンをカタカタしている人も多いから勉強していても問題ないイメージがあるし、そのうえ徒歩で行ける距離にいくらか候補があるから週末でもどこかには入れるはず。
また、ファミレスもやはり人が多そうという課題こそ残るものの、一度入れてしまえば俺たち学生の最強の味方であるドリンクバー先輩がいるからな。比較的安価で長時間勉強に取り組むことが可能だ。
「ま、ひとまず外に出てみて考えるか。まずは一応図書館覗いて、その後は二つのどっちかに適当に入って夜ご飯前まで籠る感じで」
「ん。デート♡」
「違うからな。勉強だぞ勉強」
「むぅ」
そんなあからさまに不満そうな視線を向けられましても。
仕方ないだろ。ただでさえ今日は時間が押してるんだ。申し訳ないとは思うが、デートに時間を割くような余裕はこれっぽっちも無い。
だからこれはあくまでも勉強会の延長線上。ここ数日俺の部屋でやっていたことを気分転換で外でやるだけの話だ。
そりゃ俺だってデートできるならしたいけどな……。そういうのはやはりテストが終わってから。結果が出て無事に補修を回避できた後なら、いくらでも付き合ってやるさ。
「てなわけで、とりあえず着替えるから。ちょっと部屋から出ててもらっていいか?」
「……」
「三葉さん?」
兎にも角にも、まずは俺が支度を済ませないと何も話が進まない。
そう思いすかさず服を取り出して、着替えの準備を完了したわけだが。
声をかけてもーーーー三葉は動かない。
いや、正確には違うな。動いたには動いた。さっきまで俺と対面するようにして向き合っていたのを、ゆっくりと身体の向きだけを百八十度変えて。
「お腹いっぱいでまだ動けない。だから、後ろ向いてる」
そう、言ったのだった。
「……えっと?」
つまり、後ろを向いておくからとっとと着替えろと。そういうことが言いたいのだろうか。
「大丈夫。着替え終わるまで、絶対振り向かないから」
なんだろう。
自分でもびっくりするくらい……信用できない。
日頃の行いだろうか。その華奢な背中から放たれるオーラがなんというかこう、濁っているような気がして。
絶対にコイツは振り向く。そして俺の着替えを覗く。そんな、確信にも近い自信が芽生えていた。
「信用して、しゅー君。私はただ……」
「ただ、なんだよ?」
「……なんでも、ない」
「信用される気あんのかお前!?」
なんだその意味深な感じ!? 絶対今、何かヤバいこと言おうとして言葉を飲み込みましたよね!?
駄目だ、やっぱり信用できないぞコイツ。何を言おうとしたのかは分からずじまいだが、少なくともそれがろくでもないことなのは確かだ。
「やっぱり出ていけ! 信用できん!!」
「そ、そんなっ。彼女さんを追い出すの……?」
「なぁに悲劇のヒロインみたいな顔してんだお前は!」
おろおろ、とでも効果音がつきそうな、悲しみの表情で。まるで酷い仕打ちをされたみたいに振る舞ってくる三葉だが、いくらなんでもそんなのでどうにかなる彼氏さんじゃあない。
「わ、分かった。ならちゃんとここにいたい理由を話すから! だからお願い、捨てないで……っ!」
「う゛っ!? な、なんだよ。理由って」
「そ、それは……」
あ、あれ? もしかしてコイツ、何か深刻な理由でもあるのか……?
いや、違うぞ? 決して絆されているわけではなく。ただあくまで話くらいは聞いてやってもいいかな、なんて。
だからこれはあれだ。決して手のひらくるくるとか即落ち二コマとかじゃない。決して! 断じて!!
「わ、私はただ……彼氏さんが真後ろで着替えている姿を、衣擦れ音を聞きながら妄想したいだけでッッッ!!!」
「……」
ーーーーほらな。