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第88話 むき出しの下心

「むぅ。やっぱり見たーーーーじゃない。覗きたーーーーでもなくて。部屋にいたかった。せっかくのチャンスだったのに」


「もう下心隠す気無いなお前」


 雲一つない快晴の下。図書館への道を歩く。


 結局あの後、俺は無理やりコイツを部屋から追い出して速攻で着替えを済ませたわけだが。まあご覧の有様である。


 よっぽど俺の着替えを覗きたかったのだろう。隣でぶつぶつと呟く彼女さんは、不満を分かりやすく表情で露わにしていた。


 ただ、今の様子を見ているとやはり追い出して正解だったみたいだな。もしあのままコイツの言葉を信じて着替えを始めていたらと思うと……ゾッとする。


 もう最悪覗かれるのはいい。ただ三葉の場合、ほぼ間違いなくそれだけでは満足しないだろうからな。最悪の場合襲われていたかもしれない。


「しゅ、しゅー君は私のことなんだと思ってるの」


「ん? そうだな……腹を空かせた野生の狼とか、結構近いんじゃないか?」


「んなっ」


「冗談だよ冗談」


 否、冗談などではない。本音である。


 普段は甘えんぼなところとか諸々を考えて猫が一番イメージ的には近いんだけどな。″スイッチ″が入ると瞬く間に狼さんに変貌するから恐ろしい。


 いや、ちょっと待て。やっぱり狼じゃないな。同じ猫科ならライオンとか虎の方が……って。別にそこはどうでもいいか。


 なんて。くだらないことを考えながら談笑(?)し、見慣れた道を歩くことしばらく。


「っと。言ってる間に着いたな。うわ、自転車多っ」


 俺たちの本日の第一目的地、図書館へと。辿り着いたのだった。


 しかしそんな俺たちを待ち受けていたのは、駐輪場に広がる絶望的な景色。


 やはり、と言うべきか。正午を回った今、図書館はすでに人で満タンな様子だった。


 とんでもない自転車の量だ。ママチャリから電動自転車、はてにはロードバイクまで。三者三様の自転車が整理のおじさんによってぎゅうぎゅう詰めにされた駐輪スペースには、もはやあと一台すら入る余地は無さそうに見える。


「ん、バイクのところも凄い数。やっぱりお昼からじゃ厳しそう」


「だなぁ。まあ一応、中も見るだけ見てみるか」


 せっかく来たのだ。もしかしたら何かの奇跡で都合良く二席くらい空いているかもしれないし、と。無言で頷く三葉を連れて、自動ドアを抜ける。


 図書館の構造としては四階建て。一階の入ってすぐのところはエントランスのように広い空間となっており、そこから少し奥に進むと貸出用のカウンターがある。更にそこからは新聞コーナー、CDコーナーと、少し大人向けなコーナーが続いていた。


 そんな、基本的には年配層の人が集う一階の端の階段から二階に上がって。児童本や絵本、漫画が数多く広がるフロア内の座席を見て回るが、やはり空きは無い。


 次いで三階、四階、と。隅の方まで全ての座席を見て歩いたのだが。察しの通り、どこも空きどころか人が溢れすぎているレベルだった。まるでハイエナの如くフロア内を徘徊しながら今か今かと人が退くのを待っているような人までいて、とてもじゃないが今からの参戦は厳しそうに見える。


「しゅー君!」


「駄目だぞ。その手下ろせ」


「……はい」


 いやまあ、正確には参戦自体はできるんだけどな。なんせこの隣で胸元の手裏剣をにぎにぎしながら俺から号令がかかるのを待っている彼女さんにかかれば、そんなハイエナどもを一掃するなんて簡単な話だ。なんなら座っている人の意識を無理やり落として、誰にもバレずに退かせることまで容易いだろう。


 しかし、当然俺がそんなことを許すはずもない。


 あ、コラ。そんな顔しても駄目だからな。こればっかりは本当にさせないぞ。


 とまあ、そんな感じで。獲物の目星までつけていたらしくどこか名残惜しそうな表情を見せる三葉の手を引いて、帰りは階段ではなくエレベーターに乗って一階まで下り、図書館を後にする。


 入館からおよそ五分。超絶スピーディー退館であった。


「許可さえくれたら二席、確保したのに」


「お前のは確保じゃなくて強奪な。んなもん許可するわけないだろ」


「ご、強奪なんて人聞きの悪い。私はただ、軟弱そうな男子二人を気持ちよく昏倒させて他の場所で寝かせておいてあげようと思っただけで……」


「もはや強奪よりタチ悪いぞそれ」


 知らないうちに気絶させられて、気づいたら全く別の場所で目覚めるなんて。完全にサスペンス映画冒頭のそれじゃねえか。


 全くコイツは。これを冗談で言っていないところも、そしてそれを実行できてしまう技術があるところも。本当に末恐ろしい。


 まあ唯一良かったのは、そんな力を身につけたのが根っからの性悪や悪党じゃなかったことか。多分三葉にそれなりの良心が備わっているからこそ大事に至ることなく平穏が保たれているのだろう。たまに今みたいに危険な行動に走ろうとする時もあるけれど、それくらいなら可愛いものだ。少なくとも俺の言うことはきちんと……いや、ギリギリ聞いてはくれるしな。


「ん。しゅー君がそこまで言うなら、仕方ない……」


 何はともあれ。これで図書館での勉強ルートは完全に途絶えた。




 残る選択肢は二つ。どちらにしたもんかな。

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