「では、ご注文を繰り返させていただきます。マルゲリータピザがお一つ、フライドポテトがお一つ、セットドリンクバーがお二つ。以上でよろしかったでしょうか?」
「はい。それで大丈夫です」
「畏まりました。ドリンクバーの方はセルフサービスとなります。ドリンクサーバーとコップはあちらにございますので、ご自由にお使いください。それではごゆっくりどうぞ」
カツッ。カツッ。従業員の男の人が履いている革靴が、音を立てて遠ざかっていく。
俺たちが小さかった頃からここで働いている社員の人だ。相変わらず注文の取り方も丁寧でこう、″気品″がある。もはやファミレスじゃなくて高級レストランで働いていても違和感が無いレベルだな。
「しゅー君しゅー君、ドリンク取りに行こ。喉乾いた」
「だな。久しぶりに甘い炭酸でも飲もっと」
俺たちが案内されたのは入り口から見て三番目の席。ドリンクバーは店の奥にあるため、少し遠い。
なのでできれば奥側の席に行きたかったんだけどな。店内の九割ほどが満席な現状ではそうワガママも言っていられない。さっきのあのやり取りの後とはいえ、空席があるのに奥の席が空くまでわざわざ待っていられるほど時間に余裕があるわけでもないしな。
忘れちゃいけない。俺たちはもう数日後には定期テストを控えているのだ。時間はできるだけ無駄にせず、切り替えて集中しないとな。
むふんっ、と鼻息を荒くしながら、心の中でそう決心して。氷の入ったグラスをサーバーの下に置き、メロンソーダのボタンを押す。
普段、こういう甘ったるい炭酸飲料はあまり好んで飲むことはしないんだけどな。やはりドリンクバーと言えばこれだろう。ポテトとピザなんてジャンクな食べ物も頼んでいることだし、こんなところでお茶や水などのお利口さんな選択をする理由もない。
「ん、私はコーラ。ジャンクフードには甘い炭酸って古来から決まってる」
「流石です」
「✌︎('ω'✌︎ )」
やはり俺の彼女さんは流石だ。分かっている。
些細なことかもしれないが、こういうところで気が合うというのはやはり嬉しい。特に食に関することなんて価値観が似通っていて損することなんて一つもないからな。そのおかげもあってか、ただの一度の喧嘩もなく恋人関係やらせてもらってます。まあ(仮)だけど。
と。そんなことを考えている間に別々の注ぎ口から同じような勢いでそれぞれのコップに向かい流れ出ていた炭酸飲料たちは、やがてその中を淵のスレスレまで満たしていて。慌ててボタンから指を離し、隣の棚からストローを取って席へと戻る。
不思議なもので、ついさっきお昼ごはんをたらふく食べて一度満腹になったはずのお腹は、もう既に若干空腹状態になりつつあった。
さっきメニューを見ながら注文していた時はポテトかピザのどちらかだけあればいい、なんて考えていたのにな。とうとう三葉の食いしんぼが移ったのだろうか。
「大丈夫。食べ盛りの男の子がいっぱい食べるのは良いこと」
「……」
「あ、でも食べ過ぎて眠くならないでね。今日はスタート遅れちゃった分、ここからしっかり先生してもらわないと」
「う゛っ」
ぐうの音も出ない正論だった。もはや何も言い返す言葉が見つからない。
ファミレスはファミレスで良いところがあるし、席だって空いていたから結果オーライ……とはいかないのだ。
それはあくまで朝、予定通りに行っても図書館に席が無くて仕方なくな場合の話。
今日はそうじゃないからな。俺の大寝坊によって家を出る時間は四時間も遅れたんだ。美味しいもの食べてほっこり、なんてもってのほか。遅れて迷惑かけた分、頑張って取り戻さないと。
「よ、よし。任せとけ」
「期待してる♡」
バチンッ。自分で両頬を軽く叩き、気合を入れて。早速、と教材をテーブルの上に広げていく。
今日持ってきたのは理科の教科書、ノートに数学の問題集だ。
テスト本番は火曜日。もう日も無いし、そろそろ理系教科は軽く一周しておかないとな。
幸い、これまでで英語はある程度文法等々の復習が全て終わり、次いで数学•理科も未履修で残っている範囲はせいぜい全体の二割といったところか。
この調子なら、今日は完全にその理系科目二教科の二割に時間を割いてしまっても問題はないだろう。
現在時刻は十三時半。夜ご飯時にはここを出るから、あと残された時間は四時間と少し。早速取り掛かるとしよう。
「よろしくお願いします、先生」
「おう。まずは理科からな」
筆箱からシャーペンを取り出し、二人でそれぞれ同じ教科書の同じページを開く。
今日やるのは物理基礎の最後の範囲。エネルギー運動の法則やら何やらの話だ。
ここら辺は正直今回のテスト範囲の中でもかなり難しい部類に入る。パラパラっ、と軽く文章を読んで説明するだけではまあまず頭には入らないだろう。だからしっかりと時間をかけないとな。
そう。時間をかけて、二人きりで集中してーーーー
「お席はこちらになります。ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」
「はーい!」
「おい、お前分かってるんだろうな? 今日は勉強しにきたんだぞ! たらふく食って眠くなったりしやがったら速攻で置いて帰るからな!」
「分かってるって〜。ちゃんとお題も私が持つから任せて! 今日は先生として呼んだんだもん!」
……なんか今、隣の席から聞き覚えのある声が聞こえたような気がするけど。き、気にしないでおこう。うん。