目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第91話 手遅れ

 俺たちのいるファミレスの席は、構造として真ん中にテーブル、それを挟むように二つのソファーのような長椅子、そしてその後ろに他の席との仕切となる半透明な板のようなものが設置されている。


 だからだろう。幸い、まだ向こうは俺たちの存在に気づいていない様子だった。


「ねえしゅー君、隣」


「分かってるよ。どうしたもんかな……」


 気にしない、なんて。とてもじゃないが無理な話だった。


 全くどんな偶然だ。まさか隣の席にあの二人ーーーー雨宮と中山さんが来るだなんて。


 そりゃ学校から一番近いファミレスなんだし、俺たち以外にも来る奴くらいはいるだろうと思っていたけども。なんでよりによってこの二人なんだ。


「お店変える?」


「いや無理だろ。料理まだだし、何より百パーセント出ていく時にバレる」


 正直言って、もう見つかるのは時間の問題だ。


 むしろ今見つかっていないのが奇跡。しかし今更ここを離れようとしたところで手遅れだろうし、そもそも今から移動して他に勉強できるところが見つかるかも分からない。


 だからやっぱりここから動くのは無しだ。もう詰んでいるというか、詰まざるを得ない状況に陥ってしまったな。


「というかあの二人、なんで当たり前のように二人きりでファミレスなんか来てるんだ? やっぱり……」


「そういうこと、かも」


「うぅむ」


 これはあくまで俺個人の意見なのだが。普通、ただの友達な高校生の男女が二人きりでファミレスなんて来ないんじゃないだろうか。


 そりゃ、付き合う前の俺と三葉みたいな関係性なら話は別だけどな? 昔からの付き合いなら、お互いを全くもって異性とすらも認識せずに同性の友達と行くみたいな感覚でファミレス勉強くらいは全然あり得るし。


 しかし、あの二人の場合は違う。もしかすると本当に……


「いやいやいや。ないだろ流石に。あの雨宮だぞ? 若月先生ラブで根っからの年上お姉さん好きなんだぞ?」


「絶対無い、とは言い切れないと思うけど」


「……」


 ああクソ。駄目だ。考えないようにってすればするほど気になってきた。


 どうせいずれは見つかるんだ。ならいっそのこと、こちらから話しかけてしまおうか。


 いや、でもなぁ……。


 どうしたものかと頭を悩ませる俺に、ぽんぽんっ、と。隣から伸びてきた小さな手が、肩を叩く。


「悩む必要なんてない」


「え……?」


「だってもう、″手遅れ″だから」


「っ!?」


 その刹那。俺の脳内に流れたのは、某巨人アニメのナレーション。


「仲良しさん、見〜っけ♡」


 まるで壁の上から顔を出した巨人を見上げるかのように。俺たちの視線の先には……こちらを生暖かい目で見つめる、友人の姿があったのだった。


◇◆◇◆


「ねーねーねー! もしかして二人も勉強!? 奇遇だねー!!」


「……離れて。近い」


「えぇー、釣れないなぁ。じゃあ市川君にくっつこうか?」


「…………分かった。宣戦布告と受け取る」


「どうどうどう! 落ち着けって!?」


 ピキッ、と分かりやすく額に血管を浮かび上がらせる三葉を、必死に宥める。


 俺たちを見つけるや否やすかさず飛び込んできた中山さんは、気づけば満面の笑みで彼女さんの体に抱きついていた。


 相変わらずのコミュ強っぷりというか。仲良くしてくれるのはありがたいが、いとも簡単に三葉の地雷を踏み抜くのはやめてほしい。俺がすかさず止めなかったら今頃どうなっていたか……。


「佐渡さん佐渡さん、そいつぶん殴っていいよ。俺が許可する」


「俺の彼女さんに無責任な暴力の許可出すのはやめてくれませんかね。それでも世話係か?」


「おい誰が世話係だコラ」


 お前以外に誰がいるんだ、なんて雨宮へのツッコミを口に出す寸前で我慢しつつ。その反動からか、ため息が漏れる。


 結局こうなってしまったか。せっかくこれから集中して猛勉強ってところだったのにな。もはやそれどころではなくなった。


 三葉は中山さんのまるで愛犬を撫で回すみたいな手つきでもみくちゃにされ、そして俺の方も。雨宮がまるで「押し付けれてよかった」とでも言わんばかりの満足げな表情で肩を組んできて、隣で何やらポリポリと……ん?


「あ、おまっ! それ俺たちのポテトだろ! いつの間にーーーー」


「まあまあまあ。細かいことは気にすんなよ。別に独り占めしようってんじゃねえだるぉ? 数本しか食ってねえよい」


「この野郎……」


 なんだろうか。この怒るに怒れない感じは。


 いや、怒ってはいるんだ。いるんとけども。被害がポテト数本とあまりに小さすぎて怒りの度合いが自分の中で定まらない。コイツ、さてはそうなるのを分かっててあえてちょっとしか手を付けなかったな? この卑怯者め。


「ん。食べ物の恨み」


「ぐおっ!?」


 しかし、それが通用するのは甘ちゃんな俺に対してだけ。三葉さんはつまみ食いなど、絶対に許さない。


 刹那。俺の眼前を通った白い何かが雨宮の額に直撃し、いけすかない顔面を苦悶の表情に変えていた。


「俺が許しても、アイツは許さないってよ」


「ぐぬぉぉお……っ! す、ストローの入ってた紙!? なんでこんなので痛ぇんだよぉぉおおおっ!!」


 なんで、って。そんなの決まっているだろう。



 俺の彼女さんはーーーー最強だからな。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?