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第92話 遭遇の理由は

「はぁ……。それで? なんで二人はこんなところにいるんだ? まさかとは思うけど、勉強しにきたんじゃないよな」


「な、なにその言い方!? そんなまるで、私たちが勉強してたら変って思ってるみたいな!?」


「「変」」


「なっ!?」


 思ってるみたいなもなにも。実際に思ってるから聞いてるんだよなぁ。


 雨宮と中山さんが二人きりでファミレス、なんて状況に呆気に取られて失念していたが、よくよく考えればそもそもこの二人が勉強しようとしていることそのものがもう変なのだ。


 だって見ただろ、あの先生からテスト期間の発表があった時の馬鹿丸出しなやり取り。いくらテストでいい点を取らないと補修地獄が待っているとはいえ、それを加味してもやはりこの二人はとてもじゃないが勉強などするタイプではない。まだカンニングや他の不正の段取りをミーティングしようとしていたって言われた方が頷ける。


「いっつつ……。流石に心外だわそれは。確かにこのバカと一緒だとそう見られても仕方ないかもしれないけどな。一応、俺たちもお二人さん同様勉強しにしたんだよ」


「いや、中山さんといるからというか。お前一人でいても全然同じ疑問は浮かんだと思うけど」


「本当心外だなオイ!!」


 バンッ、と机を叩きながら反論してくる雨宮だったが、その声は俺にも、ましてや三葉の心にも届かない。


 だってほら。彼女さんはもう聞いてすらいない。届いたマルゲリータピザをピザカッターで丁寧に八等分するのに夢中だ。


「あ〜ん♡」


「私としゅー君以外の分は無い。あっち行って」


「ぐすん……」


 しっしっ、とまるで虫でも払うみたいにされて。しょげた中山さんの手が三葉の腕から振り解かれる。


 そしてすかさずこちらに寄ってきた彼女さんの手には、食べやすいようカットされたピザの一切れが乗せられていた。


「私のあ〜んは彼氏さん専用。ね? しゅー君」


「……ん」


 至近距離で友達二人に見られながらのあーんなんて、正直断りたかったのだが。三葉の圧が強すぎてそうもいかず。差し出されたピザに口をつけ、そのまま真ん中のあたりまで齧り取る。


 死ぬほど恥ずかしい。しかし皮肉にも、舌の上でまろやかに蕩けるマルゲリータはたまらなく美味しい物であった。全く、これで一枚あたり四百円台だといえのだから末恐ろしいよな。一体ファミレスって営業形態はどこで利益を取っているのやら。


 なんて。羞恥心を紛らわせるために考えを巡らせながら咀嚼していると、あっという間に口の中のピザが無くなって。左右を見渡すと三人全員の視線がこっちに集中していたことに気づき、顔が熱くなるのを感じた。


「あ、あんまり見ないでもらえますかね」


「いや、見ないでも何も。そっちが見せつけてるんだろ」


「えへへ、もぐもぐ彼氏さん可愛いっ♡」


「……すまん」


 確かにその通りだ。俺にその気は無かったが、少なくともこの彼女さんは″そういうつもり″であーんをしたのだろう。


 これは言わば、三葉なりの牽制。中山さんには俺が自分のものだと見せつけるために。そして雨宮には、邪魔をするなと釘を刺すために。まさにコイツがやりそうなことだ。


「うぅ。三葉ちゃんが冷たいよぉ! なんで私たちもいるのに二人きりの世界に入ろうとするのさぁ!!」


「? なんで二人がいることが、私たちが二人きりでイチャイチャすることをやめる理由になるの?」


「う゛っ……む、無垢の刃が……」


「諦めろ中山。相手が悪すぎる」


 刺さってる刺さってる。純粋無垢な心の刃が中山さんを貫いちゃってるから。今すぐやめて差し上げろ?


 グッサリと胸を貫かれて瀕死状態の中山さんには見て見ぬ振りをして。お返しにこちらからもピザを一切れ手に取り、三葉に差し出す。


「はむっ♡」


 可愛い彼女さんの小さなお口がピザに触れるまで。その間、僅か一秒。


 簡単に自ら釣られてもしゃもしゃと幸せそうな咀嚼をするその姿に、思わずなでなでせずにはいられなかった。


 なんかため息混じりに雨宮が隣から視線を送って来るが知るかそんなもの。何を言われても俺は絶対にこのなでなでを止めないからな。


「さて。なんか色々脱線したけど、話を戻させてもらうぞ」


「おま、マジか。そのまま話続ける気か?」


「もちろん」


 何がいけないんだこの野郎。ただちょっと彼女さんの頭をなでなでしながら話しているだけだろう。たまにあーんしたりされたりもあるがそんな細かいことは気にするな。お、このポテト美味い。やはりポテトにはマヨネーズがよく合うな。


「はぁ……もういいよ。で、なんの話してたんだっけか」


「なんの話ってお前。どうして中山さんと雨宮が二人きりでファミレス勉強なんて流れになったんだって話だろ」


「ああ、そうか。まあなんでって言われても、別にそんな大した話でもないんだが」


「まあまあそう言わず。普通に気になるし聞かせてくれよ」


「分かった。んじゃまあ、軽くな」


 ポリポリ、と頭を掻いて。雨宮が、ゆっくりと口を開く。


「あれは、つい昨日のことだ」


 時は昨晩。



ーーーー午後九時へと、遡る。


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