「あ゛ぁ〜。勉強、面倒臭えなぁ」
俺、こと雨宮雄介は昨晩、机に向かいながらも全くやる気の出ない現状にため息を吐きながら。教科書とノートを広げるだけ広げ、項垂れていた。
テスト期間唯一の土日。加えて本番まであと四日となれば、流石の俺でも否が応に勉強しなければならないという心持ちにならざるを得なかった。
しかし、現実というのは残酷なもので。どれだけ切り替えようと心のスイッチを押そうとしても、全く指先が届かない。それどころかスマホやゲームに誘惑され、離れては近づいて、また離れてを繰り返すことしかできなくて。
気づけば時刻は午後九時。既に貴重な一日が終わろうとしている。
「いっそのこと諦めるか? いや、でもなぁ。補修してくれる先生が麗美ちゃんせんせならまだしも、桜木先生だとちょっと……」
例えば教科ごとに補修にあたる先生が違うとかなら。英語は端から捨て、残りの四教科だけーーーーなんて道もあった。
しかし残念ながら、どの教科で赤点を取ってもその補修を担当するのは絶対に担任の先生。即ち、桜木先生で固定なのである。
あの人も顔は良いんだ、顔は。けどあまりにも中身がおっさん過ぎる。あれはあれでダウナー系(?)とかって言って一定数需要があるのも知っているが、生憎俺にそんな癖は無い。
となれば、やはり補修なんてものはただの面倒くさいものでしかなくて。もれなく全教科勉強する以外の選択肢は取れそうになかった。
「う〜む……」
さて、どうしたものか。
正直言って、このまま一人で勉強したところでどうにかなるとは思えない。英語は麗美ちゃんせんせが担当なこともあってノートもばっちりだし、ノー勉でも赤点回避くらいはできるだろう。
ただ問題なのは残りの四教科。もっと言うと集中して暗記に時間を割かなければいけない社会なんてかなりヤバいな。
「そうだ! それなら誰かとーーーー」
そして。怠け者な俺にとっての最適解とも呼べる案が頭に浮かんだ、その時。
「あ゛?」
プルルルルルッ、と。もはや何者かに仕組まれたんじゃないかと思うほどのベストタイミングでーーーーしかしそれでいて最も望まない人材から。着信が入り、スマホが鳴いたのだった。
これは助け舟なのか、はたまた泥舟なのか。俺的には後者感が凄すぎるからあまり出たくなかったんだけれども。しかしだからと言って今、他に代案があるわけでもない。
それに、別にこの電話に出ること自体に何ら不利益を被る要因は無いはずだ。そもそもタイミングがぴったり過ぎただけで電話の主題は全く別のことについてかもしれないしな。
(……よし)
どのみち、コイツは俺が電話に出るまでかけるのをやめないだろう。
俺は半ば諦め、自分を言い聞かせるような形で。通話ボタンをタップした。
そして、通話に出たことをものの十秒にも満たない僅かな時間で後悔することとなる。
何故って? それはお前……
「あっ、やっと出た! 出るの遅いよ雨宮!! こ〜んば〜んは〜っ!! わ〜たし〜だよ〜!!!」
「……」
出た瞬間。こんなうざったい声が、部屋中に響き渡ったせいだ。
幸いだったのは電話を耳に近づけず、机の上に置いたままにしていたことだろうか。この声量を耳元から流し込まれたら俺の鼓膜は確実に耐えられない。今頃ばたんきゅー必至だ。
「はぁ。馬鹿は夜でも元気なのな」
「ば、馬鹿じゃないもん!」
「はいはい。それで? どうしたんだよ中山が俺に電話なんて。なんかあったのか?」
「へ? い、いやぁ。実は……」
刹那。ビビンっ、と身体中に電流が走った。
それは本能からか直感からか。少なくとも俺の心が何か″悪い予感″を察知したことに間違いは無い。
そしてその予感はーーーー見事に的中した。
「お願い! 私に勉強を教えて欲しいの!!」
「……はい?」
しかしまさか、ここまで自分の中のセンサーが正確だったとは。驚きを禁じ得ない。
誰かと勉強する。それは確かに、俺の心の中に浮かんだ現状最もテストで点を取れる可能性のある手段だ。
だがそれは、あくまで俺が教わる……もしくは対等な学力を持った相手と互いに教え合うような状況を想定してのことであって。
ただでさえ余裕の無いこんな時に誰かに勉強を教える? それもよりによって推定クラス一の馬鹿なコイツに? 冗談だろ……
「生憎そこまで暇じゃない。他を当たってくれ」
「ま、待って! 切らないで! もう雨宮しか頼れる相手がいないのぉっ!!」
またまた。そんなわけがないだろうに。
だってあの中山だぞ? クラス内女子カースト堂々たる一位で、一度喋ったことある相手は全員友達とか言い出すような奴なんだぞ??
コイツが人を集めようとしたらちょちょいのちょいなはずだ。特に女子なんて声をかけたらかけただけ集まるに決まってる。
なのに……何故だろうか。コイツの焦りを含んだ声色は、そんな余裕なんて一ミリも感じない。
まるで藁にでも縋るかのようだ。まさか本当に、誰も集めることができなかったのか?
半信半疑になりながら。俺は通話終了ボタンを押そうとしていた指を一度スマホから離して。問いかける。
「どういうことだよ、俺以外いないって」
「うぅ。私だって分かんないよぉ。けど、勉強誘った人全員に断られて……」
「……お前が馬鹿すぎるからか?」
「なんでそんなこと言うのぉ!!」
「ああいや、すまん。つい」
やはり変だ。声をかけてなお全員に断られた、って。
いくらコイツがウルトラミラクル馬鹿だとは言ってもだな。言ってしまえばそれも含めてのキャラ人気なわけで。やはりそれだけが原因で断られたとは考えづらい気がしてならない。
なら別の理由が? いやでも、全く浮かばないな……
「心当たりは無いのか? 正直お前が手に負えない馬鹿だとしても面倒を見てくれそうな奴らばっかだろうに」
「心当たりぃ? あ、そういえば……」
ぐずっ、と鼻を啜りながら。中山は何かを思い出したようで、呟くように言う。
「なんか、みんなして『邪魔しちゃ悪いから』とか、言ってたような……」
「………………最悪だ」
その一言で。俺は、全てを察してしまった。