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第96話 彼女さんの成長

「うわぁぁぁぁっっ!! やだ!! これからも市川君が先生してよぉぉぉぉおおっ!!!」


「しっしっ。しゅー君を先生にしていいのは私だけ。あなたには隣に別の先生がいるでしょ」


「嫌なのっ! なんか教科書読んでるだけであっという間に賢くなっていく雨宮なんて解釈違いだから!! もっとこう……びぇぇぇぇぇええええっ!!!」


「は、はは……」


 ファミレスの外で夕陽が上がり、空が茜色に染まった頃。約束の時間が訪れ、俺たちはお会計を済ませた。


 中山さんの今の様子を目の当たりにすると、やはり時間制限を設けておいて本当に良かった。まさかここまで駄々を捏ねられることになるなんてな。


 まあでも、気持ちは分かる。きっと中山さんにとって雨宮との勉強会はお互いに協力し合ってなんとか赤点を回避しよう、みたいなノリのもので。こんなことになるなんて思ってもみなかっただろうからな。


「ふっ。そうだそ中山。これ以上迷惑かけるもんじゃない。お前には俺という″先生″がついてるんだからな」


「うわ、性格悪っ……」


 コイツ、一度は俺たちに中山さんを押し付けようとしていたくせにな。上から物を教えられる状況が面白いと感じた瞬間これだ。


 もうこの状況からお察しの方も多いとは思うが改めて。どうやら、この雨宮とかいう男はやる気こそ無いもののいざ本気を出せば勉強ができる系の、いわゆる一番腹が立つタイプな男だったらしい。


 結局、あの後も用語問題から公式問題、はては今回の範囲でおそらく一番難しいであろう計算問題まで。本当に教科書を一時間読んだだけで全問正解してみせやがった。


 なんかこう、久しぶりに″不平等″ってやつを実感させられた気がしたな。そんな才能はもっとこう、与えるべき人にだな……。


 しかし俺如きがどれだけ心の中で声を上げたとて、そんなものは誰にも届くはずもなく。結果俺の口から大きなため息だけが漏れ、気づけば彼女さんに手を引かれていた。


「行こう、しゅー君。おばさんの晩ごはんが待ってる」


「じゃーなーお二人さん。このバカはちゃんと俺が面倒見るからそっちも頑張れよー」


 手を振る雨宮と、未だ子供のように泣きじゃくっている中山さんに見送られて(後者は見送るという感じではないけれど)。ファミレスを後にする。


 本当、当初の予定とは対照的にかなり騒がしい一日になったな。図書館での勉強ができなかっただけでもかなりのイレギュラーだというのに。まさか雨宮と中山さんを混ぜての四人勉強会が始まるなんて予想だにしていなかった。


 しかしなんだかんだ、結果から見ればこの勉強会はそれほど悪いものでもなかったかもしれないな。最初こそ中山さんを教えるのに苦戦したし大変だったものの、雨宮が勉強を終えてからはほとんど三葉を教えることに集中できたし。むしろ二人の存在は休憩時には息抜きのいい話相手だった。


 だからもしかしたら始めから二人で勉強した場合よりも……って。そう思ってるのは俺だけか。


「やっと邪魔者が消えて二人きりになれた。ぎゅう♡」


「邪魔者て……」


 ファミレスが随分後方になり、やがて見えなくなって。それを待っていたと言わんばかりの三葉が俺の腕に熱いホールドをかます。


 二人がいた手前イチャイチャが控えめだった反動だろうか。すっかり甘えんぼモードである。


「彼氏さんもっとこっち寄って。密着が足りない」


「充分ひっついてるっての。ちょ、力強い。もげるもげる」


 もう腕に込められてる力の強さが物語り過ぎてるな。きっとよっぽど我慢していたのだろう。そう、あれでもだ。


 ちょっとしたなでなでや食べさせ合いっこくらいじゃそうそうこの彼女さんの欲を満たすことはできない。この感じだと家に帰ってからもしばらくは離してもらえそうにないな。


 どうかせめて部屋に戻るまでは我慢して欲しいものだ。最近父さんや母さんの前でも平気でこんな感じだから生暖かい目線で見守られるのがいたたまれないことこの上なくて。まあ言っても聞いてくれないだろうけど。


「ったく、そんなこと言って。俺には中山さんといる時の三葉も、結構楽しそうにしてるように見えたけどな」


「っ……そ、そんなことない。私はずっとしゅー君と二人きりの方が、よかった」


「どうだか」


 相変わらず不器用な奴だ。それくらいのことで意地を張らなくてもいいのに。


 俺にはーーーーいや、俺だから分かる。口では邪魔者とか冷たく言っていたけれど、それは本心百パーセントの言葉じゃないって。


 高校生になってから初めてできた友達との、初めての勉強会。そんなものが楽しくないはずがない。


 そりゃ、俺と二人きりがいいっていう強い気持ちも持ち合わせている三葉のことだ。少なからず認めたくない気持ちもあるってのは分かるけどな。


 でも、三葉がどんな俺の感情の変化も見逃さないように。そこまでではないにしろ、長年ずっと一緒にいた俺にはしっかりとーーーー


「……いじわる」


「よしよし。彼女さんの成長が間近で見られて光栄ですよ、彼氏さんは」


 ぽつりと呟き、僅かに頬を紅潮させた彼女さんの小さな頭を、そっと撫でる。そして同時に、決めた。



 帰ったら……三葉の気が済むまでたっぷりと。甘やかしてあげよう。

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