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第145話 克服デート

 フランクフルトを食し、色々な視線に晒されつつも。俺たちは移動を続け、三年生のエリアを半分ほど進んだ。


 ちなみに、一本では足りないかと二本頼んだそれを三葉が平らげるのに、そう時間はかからなかった。俺がふーふーして冷ましながらあーんを繰り返したこともあり、ものの数分で全てが胃袋に収納されると、すぐに別の店の食べ物に目を輝かせて。今はそうして注文したフライドポテトを二人でシェアし、食べ歩いていた。


「ふ〜っ、ふ〜っ。はい、彼氏さん。彼女さんからもお返し♡」


「んむっ」


 ちなみに、見ての通りで。俺から一方的にふーふーとあーんを提供するターンはとっくに終了した。


 今度は彼女さんがしてあげる番、と。三葉の吐息でポテトに魔法がかけられると、俺がしたのと同じようにあーんで最後まで食べさせてくれて。そのおかげで、胃の中まで幸せ成分で満タンだ。


「ふふっ、彼氏さん幸せそう。美味しい?」


「そりゃあ、彼女さんにたっぷりと美味しくなる魔法かけてもらってますから」


「ん♡」


 さて。こうして食べ歩くのもいいのだが。そろそろ、どこかのクラスにお邪魔しようか。


 文化祭がスタートしてからある程度時間が経ち、外部からのお客さんもかなり増え始めている。この様子だとさっきのフランクフルト屋さんのような食べ物を渡すだけの形式なお店は大丈夫だろうが、そうではなく俺たちのクラスのような中に人を入れるタイプのお店は、そろそろ行列ができ始めるところも増えてくる頃だろう。


 時間も限られていることだしな。そうなる前に、ある程度回っておきたいところだ。


「……」


「? 三葉さん?」


 と、そう思ったのも束の間。三葉が何かに視線を向け、突然。立ち止まる。


「しゅー君しゅー君。あれ、入りたい」


「ほう?」


 どうやら、入りたいお店を見つけたらしい。


 ちょうどよかった。流石は彼女さん、タイミングぴったりだな。


 なんて、心の中で呟きながら。三葉が指差した方に、俺も同じように視線をやる。


 喫茶店か、はたまた縁日か。「入りたい」って言ってたし、おそらくはちょうど俺が望んでいた店内に入って楽しむタイプの出し物だろう。


 なら探す手間が省けた。彼女さんも入りたいと言っていることだし、早速一緒にーーーー


「……まさか、″あれ″のことじゃないよな?」


 早速一緒に入ろう。その考えが、喉元まで登ってきて。言葉となって溢れ出る刹那のうちに、急ブレーキを踏んだ。


 いや、ブレーキどころじゃない。百八十度旋回することで飲み込まれ、霧散していく。


「そんな露骨に顔引き攣らせなくてもいいのに」


「お、お前な。俺がああいうの苦手なの、知ってるよな?」


「知ってる。でも、入りたい」


「う゛っ」


 真っ直ぐな瞳で見つめられて。思わず、目を逸らす。


 だって、仕方ないだろう。苦手なものは苦手なのだから。


 苦手度合いで言えば、そうだな。たまにそういう類のCMがテレビで流れると思わず身体をビクつかせてしまうくらいだ。


 ともかく、どうにもビビリな俺の身体は受け付けないのだ。ああいうーーーーホラーの類のものは。


「大丈夫。文化祭の″お化け屋敷″の怖さなんてきっとたかが知れてる」


「たかが知れてる、って。受付にいる人の格好、結構ガチな感じに見えるんだけどな」


 そう。三葉が指差していたクラスの出し物とは即ち、「お化け屋敷」である。


 何故よりにもよってそれなのか。それ以外なら、どこへでもついて行くというのに。


「他のにしません? ほら、あっちには縁日とかもありますし」


「それはまた後で。今は彼氏さんと、お化け屋敷デートがしたい気分」


「随分と具体的な気分だなぁ……」


 どうしたものか。


 お化け屋敷、ね。最後に入ったのはちょうど一年ほど前、中学三年生の時の文化祭か。


 まあぶっちゃけ、その時のはお粗末な仮装レベルだったからな。ビビりこそすれ、一応ちゃんとゴールまでは行けたけれども。


 受付に座っている、おそらく交代で中の脅かし役と受付役を兼任しているのであろうあの女の人を見れば分かる。


(レベル、格段に上がってるんだよなぁ……)


 あれは、お粗末な仮装なんてものじゃない。


 衣装も、メイクも。中学生レベルから高校生レベルとなって、明らかに怖さの質が高まっている。正直あのレベルが教室内にうじゃうじゃいるのかと思うと……中々どうして、腰が引けてしまうな。


「お化け屋敷デート、しよ?」


「んぐ、ぬぅ……」


 断ってしまいたい。そんな気持ちがあるのは事実だ。


 でも、それと同じくらい。彼氏さんとして……一緒に行ってあげたい。


 まさかさっきまでの幸せムードとは一転、突然こんな試練が訪れるなんてな。思ってもみなかった。


「……俺がビビり散らかしてるところ見て、蛙化とかしないか?」


「安心して。私のしゅー君への気持ちは、そんなことじゃ一ミリたりとも揺るがない。むしろ怖がりさんなところも可愛くて……大好き♡」


 はあ。全く、仕方のない彼女さんだな。


 まあホラー自体、いずれは克服したいとは思っていたし。案外、ちょうどいい機会なのかもしれないな。



 ……付き合おうじゃないか。その、お化け屋敷デートとやらに。

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