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第146話 吊り橋効果

「いらっしゃいませ。お二人ですか?」


「ん」


「二百円になります」


「ん」


「ちょうどお預かりします。では、軽く説明をさせていただきますね」


「ん」


 は、はは。怖い。怖いです受付さん。なんか淡々と進めてますけど、改めて近くで見るとしっかり幽霊メイクをしてらっしゃる……。


 遠目から見た時から分かっていたことだが、やはりクオリティが凄まじい。子供が見たら泣くだろこれ。


 というか、前に立っただけで怖すぎて俺も泣きそうである。しかしやはり、さっきからすました顔で会話している(あの一文字発声でのレスポンスを会話と言っていいのかは微妙だが)この様子を見るに、三葉は全然平気なようだ。


 まあコイツに関しては昔からこうだからな。肝が座りすぎていてびっくり系ホラーに一切驚かないのは勿論のこと、日本で多い静かに怖がらせてくる系ホラーにも耐性がある。


 本人曰く、「所詮はフィクション。それに例え仮に本当にいたとしても、こんなひょろひょろなお化けよりも筋骨隆々な巨漢の方がよっぽど怖い」と。なんかもう……うん。


 根本的な部分でホラーを楽しむ才能のない彼女さんだが。とはいえ、隣にいてくれる人としては心強いことこの上ない。


 情けないが、よくあるカップルの定番パターンらしく彼氏さん側である俺が頼りになるところを見せて吊り橋効果ーーーーなんて。そんなのは絶対に無理だからな。まあそのことは彼女さんも重々承知だろうが。


 ともかく、そんなわけなので。俺はとりあえずできるだけ醜態を晒さないことだけ考えるとしよう。……もう見事に普通と立場が真逆だな。


 己の情けなさに、思わず小さなため息を漏らす。


 そして、それと同時に。受付さんの説明が始まった。


 まあ説明と言っても大したものじゃない。いくつかの注意点が書かれた紙を見せられながら、その内容が読み上げられただけだ。


 ちなみにその内容は、以下の通り。


 1.当館は「呪いの館」です。幽霊・怨霊・死霊の類との遭遇にご注意ください。

 2.彼らは極めて危険です。命の危険もあるため、遭遇したら逃げることをお勧めします。

 3.お客様には不要かと存じますが、用心のため「リタイアライト」を受付にてお渡しします。こちらは発光させることにより幽霊・怨霊・死霊の類の者を遠ざけることができます。命の危険を感じた際やどうしてもこれ以上は進めないと判断した際にご使用ください。


「い、命の、危険……」


「ふふんっ、私が隣にいる限りしゅー君に危険ってやつは訪れない。大船に乗った気でいればいい」


「み、三葉さんッッ!!」


 かっけえ。めちゃくちゃかっけえよこの人。


 やだ、惚れちゃいそう。ああいや、元々惚れてはいたか。


 ともかく、なんと心強いのか。まるで某なんちゃらストーンの某最強高校生みたいな台詞をナチュラルでかけてくれるし。本当俺、三葉さんの彼氏さんでよかった……。


 そうか、これが吊り橋効果ってやつなんだな。どおりで世の男子たちは女子を堕とすためにこれを多用するわけだ。


 ただでさえ、俺の目にはこの彼女さんは常にこの世の誰よりも可愛く映っているというのに。なんかもうそこにこんなかっこよさまで追加されて、まるで好感度のグラフを手で鷲掴みにしながらグイッと無理やり押し上げられたみたいな気分だ。


(ま、まさかとは思うけど。これが狙いでお化け屋敷デートがしたいって言い出したんじゃないよな……?)


 いいや、考え過ぎか。せっかく俺を安心させるために彼女さんが胸を貸してくれているというのに。そんなことを考えちゃあ失礼だったな。


 ともかく、今は二人で生きて出てくることだけ考えよう。大丈夫さ。隣に三葉がいてくれるなら、きっと……


「ふふっ」


「「っ!?」」


 だが、そんな決意を嘲笑うかのように。受付さんの口から、笑みが漏れる。


「な、何がおかしいの」


「ああいえ、すみません。つい思い出し笑いを」


 思い出し、笑い……?


 てっきり情けない俺を見て笑ったのだとばかり思っていたのだが。違うというのか?


 幽霊メイクのせいでどこか不気味さを孕んだその笑みを浮かべたまま。受付さんは、そうして。顔を上げる。


「実はお客様の前に来館された方々もカップルのお二人でして。怖がる彼女様を彼氏様が励ましながら、絶対にゴールするとでも言わんばかりの勢いでこの中へと消えていきました。ですが……」


「で、ですが?」


「……これ以上はやめておきましょう。お客様方の決意を揺るがしてしまうかもしれませんから」


 な、なんだよ! なんなんだよ!?


 もはや、動揺する時間すら与えてくれず。そのまま受付さんは俺の手にリタイアライトを握らせ、言葉を続ける。


「それでは、こちらを。いいですか、決して無理はせず、必要だと感じた時には躊躇することなくこのライトを照らしてください。そうでないと、あなた方も……」


 これは、俺たちを怖がらせるために用意した作り話か。はたまた、実話なのか。


 受付さんはそれ以上、俺たちの前に入って行ったというカップルの二人については一切その詳細を話すことはなかった。


「しゅー君、騙されちゃダメ! こんなの嘘に決まってる!」


「お、おおおおおう。そ、そそそそそそうだな」


「お二人とも、お気をつけて。無事の帰宅をお祈りしております」


 これはただの文化祭。ただの文化祭の、ただの出し物だ。その、はずなのに。


(あばばばばばばっ)



 一度震え始めた身体は、小刻みに振動を繰り返していて。既に俺の決意を……揺るがしまくっていた。

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