「はぁ。こんな予定じゃなかったんだけどなぁ……」
一人、呟きながら。俺、こと雨宮雄介は、とぼとぼと階段を降り、下足室へと向かう。
目的は運動場。まさか文化祭の途中で靴に履き替えることになるなんて。思いもしなかった。
でも、こうなってしまっては仕方ないだろう。一人でこれを″処理″なんてできないし。かと言って配りにクラスに戻ったところで、きっとみんなそれどころじゃないくらいの忙しさに現在進行形で忙殺されかけているところだろうからな。やっぱりこっちに来た方が都合は良い。
(……って、なに心の中で必死に口実作りみたいな考えしてんだか。これじゃあ、まるで言い訳してるみたいだろ)
まさか俺は、この程度のことを割と重く考えていたりするのだろうか。いや、んなわけないか。
小脇にパンフレットを挟み、右手は″それ″で塞がったまま。なんとか靴を履き替え、運動場へと向かう。
「お、やってるやってる」
この学校における文化祭の役割とは様々だ。
俺たち学生のために用意されたガス抜きであったり、ここら一帯に住む近隣住民とこの学校との交流の場を用意するためであったり。
あとはーーーー
「またね〜! 文化祭、いっぱい楽しんでいってね!」
「おう。お疲れ」
「ひにゃぁっ!?」
そう。こういう、入学者や特定の部活への入部者を増やすためであったり、な。
うちは特に陸上部が強いからな。当然、所属する生徒と交流できるとなれば、喜んで足を運ぶ中学生は大勢いることだろう。
だから学校側は事前にそれを見越しーーーーというかまあ、陸上部に関してはもはやこれは毎年のことなのかもしれないが。文化祭の出し物として、その場を設けることにしたわけだ。
全く。陸上部に所属している奴らからすれば文化祭の自由時間が減るわクラスの出し物と並行して顔を出さざるを得なくされるわでたまったものじゃなかったはずなのに。
相変わらず、この″陸上バカ″は。随分と楽しそうだな。
「って、雨宮かぁ。もお、急に後ろから声掛けないでよ。びっくりしたでしょ〜?」
「すまんすまん。随分と隙だらけな背中だったもんでつい」
「むっ……。って、なにそれ!? まさか!?」
「ああ。忙しすぎて何も腹に入れられてないんじゃないかと思ってな。差し入れだ」
「 o(≧▽≦)o 」
陸上バカーーーーもとい中山は、俺が手に抱えていた大量の″唐揚げ″を前に目を光り輝かせて。ぴょんぴょんと跳ねる。
「ありがと雨宮! ちょうどお腹空いてたとこ! お客さんもたった今ひと段落したところだし、一緒に食べよ!」
「はは、俺はいいよ。もうたらふく食べたからな。お前一人で食えるとこまで食ってくれ」
「え? たらふく食べてまだそんなに? ……ああ、もしかして」
「珍しく察しがいいな。ご想像の通りだよ」
俺は何も、腹が空いているであろう中山に恵むためにこんな量の唐揚げを買い込んできたわけじゃない。
本当は、この量の半分……いや、三分の一くらい。それこそ自分で食べ切れるギリギリくらいの量を買って″貢献″するだけのはずだったのだ。
でも……
『あら、雨宮君。それだけで足りるの? 成長期なんだからもっと食べた方がいいんじゃない? いっぱい買ってくれるなら、ほんのちょっとくらいは安くするわよ?』
『スゥー……』
とまあ、こんな具合で。
三時間の連勤が終わり、一時間の休憩の間に麗美ちゃんせんせを文化祭デートに誘おうと担任クラスの二年四組へ行って。そこでまあものの見事に乗せられ、こんなに大量の唐揚げを買わされてしまったのだ。
そのうえ、デートのお誘いはなあなあにされて見事にフラれたし。いやまあ馬鹿買いへの最低限の報酬として一緒に写真が撮れたのは幸いだったけれど。
「いいように使われちゃったんだ」
「馬鹿言うな。俺は少しでも麗美ちゃんせんせの力になりたくて自分から買ったんだよ。まあ想定してた量の何倍も買う羽目にはなったけどだな……」
「やっぱり使われてるじゃん」
「……」
くそぅ。あの中山に対してぐうの音も出ないだなんて。
「まあでも、そのおかげで私に唐揚げが回ってきたんだもんね。お礼代わりにこれ以上はつつかないでおいてあげようっ」
しまいにはぽんぽんっ、と肩を叩かれ、励まされる始末。
多分、馬鹿なりに今の俺には言い返す言葉など無いと分かっているのだろう。事実その通りだ。
そんな情けない俺に、「ちょっと待っててね!」と言い残して。中山は他の陸上部の元へと駆けていく。
そしてすぐ戻ってきたかと思うと、どうやら先輩に小休憩を申し出に行っていたのだと知らされて。同時にその場所として部室を借りることにも成功したのだと告げられた。
「それじゃあ、行こ? あんまり長く休憩するわけにもいかないし!」
「行く……って。俺もか?」
「? もちろん! 雨宮も今休憩時間なんでしょ? 部室ならゆったり座れるよ!」
「……まあ、陸上部の人がいいって言ってるなら。別にいいけどよ」
「なら決まり! ほら、早くっ!」
「お、おうっ」
全く。本当は唐揚げだけ渡してとっとと校舎へ戻るつもりだったんだけどな。
まあでも、残っている休憩時間のあと数十分はぶっちゃけすることが無かったし。そのうえ座ってのんびりできるというのなら正直、断る理由が無い。というか有難いまである。
仕方ない。のんびり休憩がてら……この唐揚げたちが中山の胃袋に消えていく様でも眺めながら、過ごすとしますかね。