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第148話 二人きりの部室

 思えば、部室に入るなんていつぶりのことだろうか。


 中学の時はバスケ部だったからな。ほぼ毎日のように着替えで使ったり、同じ部の男どもと馬鹿騒ぎしたりしていたけれど。


 それも、帰宅部となった今では過去の話。ただ慣れというのは怖いもので、それまでは俺の生活の一部だったはずのバスケがすっぽりと抜け落ちても、少しの違和感すら無くなってしまった。


 そんな俺が、今も尚現役で凌ぎを削り合いながら本気で部活に取り組んでいる奴らの使う部室に入って本当にいいのかとは思うのだが。まあ、流石に考えすぎか。


「唐揚げ〜♪ からあっげ〜♪♪」


 軽快な足取りでまさしく馬鹿らしい謎の歌を口ずさむ中山の背中を眺めながら。俺はそう、自己解決して。共に部室棟の廊下を進んでいく。


 どうやら陸上部の部室は一番奥らしい。なんでも男女でそれぞれ一つずつ割り当てられているようで、部室というよりはどちらかと言うと更衣室に近いんだとか。


「さ、着いたよ! 入って入って!」


「……って、ちょっと待て」


「?」


 その話を聞いた時から。薄らと、「もしかしたら」とは思っていた。


 だが、まさか本当にとは。正気かコイツは。


「おま、ここ『陸上部女子部屋』って書いてあるぞ。絶対俺が入っちゃ駄目だろ」


「ん? ああ、大丈夫大丈夫! ちゃんと先輩に雨宮が入る許可も貰ってるって!」


「いやいやいや。なんで出るんだよ許可」


 中山がそんな変な嘘をつくとは思えない。きっと、許可が出たというのは本当のことなのだろうが。


 許可を出す先輩も、こうやって何の抵抗もなく連れてくる中山も。いくらなんでも不用心すぎるというか……。いやまあ、確かに俺がここに入ったところでどうこうなるってわけでもないんだけどさ。


 中山が扉を開けたことによって見えるようになった部室の中には、おそらく女子陸上部員の私物やらなんやらが入っているのであろうロッカーが幾つかに、パイプ椅子が四つ。それから大きな机と、そのうえに散乱した女子女子なグッズがぽちぽち。


 明らかにここは、一目で見て分かる″男子禁制″の部屋だ。その、はずなのに。


「なぁに? もしかして雨宮……緊張しちゃってるの?」


「っ!? い、いや。そうじゃないけど……」


「まあまあ。心配しなくても許可もらってるんだし大丈夫だってぇ〜。もお、普段はおちゃらけてるのに変なところ気にするんだね〜?」


 へ、変? 変なところ、か?


 俺が気にしていることは、至極真っ当というか。一般常識に当てはまるとむしろ気にして然るべきなまであるレベルのことだと思うのだが。


(まあでも……許可はもらってるんだもんな、一応)


 男子が部活の実質的な女子更衣室に立ち入る。きっとそれは、普通に考えればかなりの禁忌で。場合によっては大事にもなりかねない。


 しかし、だ。今回はその女子が同伴で、そのうえ先輩にも事前に許可をもらった。そこまでしていれば問題は無い、か。多分。


「ほら、早く入ってよぉ。むしろそこにずっといて、誰かに見られる方がまずいんじゃない?」


「……」


「えへへ。いらっしゃ〜い」


 ぱたんっ。扉が閉まる音が、耳に届く。


 はは、女子専用部室で中山と二人きり、ね。クラスの奴らに見られたら一体どんな目に遭うのか……もはや、想像するのも恐ろしいな。


 ここを出る時は周りに気をつけよう、と。そう、心に強く誓って。先に中山が腰を下ろしたパイプ椅子の、その隣のもう一個に。俺も同じようにして座る。


 きっと何年も使われている備品なのだろう。腰を深く下ろしていくとともに、「ギシッ、ギシッ」と。パイプのパーツとパーツの間の接合部が、俺の体重による負荷で悲鳴を上げていた。


 そしてそれを見て。中山がニマニマと笑いながら言う。


「雨宮ぁ。椅子さんが可哀想だよ? もうちょっと運動して身体絞った方がいいんじゃな〜い?」


「なっ」


「ふふんっ。私の方はどれだけ深く座ってもそんな音鳴らないよ? これは日頃の過ごし方の差が如実に現れてるねぇ〜」


 うっっっぜぇ。


 そりゃあ確かに、俺はお前ほど日頃から運動しちゃあいないけども。


 しかし、まるでデブかのように扱われるのは心外だ。一応これでも、ちゃんと体型は現役時代から劣化しないようしているというのに。


 というか、男子と女子ではそもそも体重の平均とかも全然違うだろう。俺は身長面だけで見ても中山より十センチは高いし、おそらく筋肉量も人よりはある方だ。だから同じ物差しで測られちゃあ困るな。


「ふんっ、言っとくけど俺だってそれなりには引き締まってるぞ。元バスケ部だからな」


「本当かなぁ。うりゃっ! 私が確かめてあげる!」


「ちょっ!?」


 なんて。言い返したのも束の間。


 バッ! 素早い動きで中山の褐色な腕が俺の服の裾を掴んだかと思うと。そのまま、胸の少し下あたりまで捲られて。地肌が露わになった。


「……」


 それと同時に訪れたのは、数秒の静寂。


 中山の視線が、露わになった俺の腹部に向けられて。少しずつ……少しずつ。耳が、端っこから根元に向けて真っ赤に染まっていく。


「へ、へぇ。意外と割れてるじゃん」


「……だから、言ったろ」


 あ、危ねえ。なんとか、咄嗟に腹筋に力を込めるのが間に合った。


 別に元々脂肪は少ない方だったからな。力を込めなくともギリギリ縦の一本線くらいは見えているけれど。


 力を込めることで、シックスパック……とはいかなくとも、少しくらいはプラスで筋肉を浮かび上がらせることはできる。見栄を張るには充分だ。


 事実、中山には悪くない反応をさせることができたはず。どれ、ここは一つ、羞恥と悔しさに満ちているであろう顔を拝ませていただいてーーーー


「ほ、本当に……硬い……」


 中山さん?



 ……中山さん??

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