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第149話 特別なお礼

 つんっ、つんっ、と。その細長い指先で俺の腹筋をつつきながら中山が浮かべていた表情は、俺の想定していたどちらとも違って。


 まるで、恍惚としているかのようなーーーー


「おい、いつまで触ってんだよ」


「へっ!? あっ……ご、ごめん」


 ささっ。俺が言うと、中山は慌てて手を引っ込める。


(なんだよ、その反応……)


 コイツ、さては筋肉フェチか何かだったりするのだろうか。なんかあのままだと指先つんつんどころか、手のひらでじっくりと触りだしそうな気さえしたけれど。


「あ、あはは。男の子の腹筋、初めて触っちゃった。なんかこう、やっぱり私のとは全然違うんだね」


「そりゃあ、な。男子と女子じゃあ筋肉のつき方なんて違って当然だろ」


「そう……だよね。えへへ」


 まるで、自分のものと俺のものを比較するかのように、腹部をそっとさすりながら。中山は呟くように言う。


(そういえば、コイツ……)


 そんな様子に、改めて。中山の全身を見回す。


 どうして今まで気にならなかったのだろう。相手が中山だからか?


 今コイツが身に纏っているのは、陸上選手がよく着ている独特な形状のユニフォーム。


 特徴的なのは、なんと言ってもその″露出″の多さだ。


 おそらくはできるだけ薄着して空気抵抗を減らし、少しでも早く走れるように……みたいな感じなのだろうが。


 二人きりの部屋で、こんなことをされて。意識するなという方が無理な話だ。この格好、かなり……


「? 雨宮?」


「と、とりあえず唐揚げ食えよ。そのために来たんだからな」


「え? う、うん。ありがと……」


 って、何考えようとしてんだ俺は。


 クソッ、それもこれもコイツが変なことしたせいだ。


 本当についさっきまで、格好のことなんて何も気になっていなかったというのに。こんな、お腹丸出しで……だぁっ、もう!!


 思わず、思いっきり目を逸らしながら。俺は誤魔化しとでも言わんばかりに唐揚げを押し付け、明後日の方向を向く。


(落ち着け。落ち着け俺。相手はあの中山だぞ? 馬鹿なんだぞ!? マジで落ち着けって……)


 これは、違う。違うんだ。


 ただ、コイツのパーソナルスペースが異様なほどに狭いから。馬鹿みたいにべたべた引っ付いてくる、距離感バグ女だから。そういう奴に慣れていなくて、びっくりさせられているだけなのだ。


 俺には、麗美ちゃんせんせという心に決めた人がいる。誓って、ドキドキさせられたりなんて……


「ん、おいひ♡」


「っ……」


 チラッ、と。再び目をやると、唐揚げを美味しそうに頬張るその横顔に。何故か、胸を揺さぶられるような感覚に陥って。身体が熱くなっていく。


 せめて、外や教室のような騒がしい場所なら。こんなに大きくなっている自分の鼓動の音など……聞こえずに済んだかもしれないのに。


 ほとんど人のいない部室棟の、一番奥。そのうえで掛け時計の針が動く音しかしないこの静かな部屋では、もはや俺のものだけではなく、すぐ隣にいるコイツの鼓動すら聞こえてきそうだ。


 そしてそんな環境の中。ただでさえ……認めたくはないけれど。現在進行形で大きくなっていく″それ″が、頭に響く。


「……」


「な、なんだよ。何見てんだコラ」


「雨宮ってさ。案外分かりやすいよね」


「は、はぁっ!? 何言ってーーーー」


「ドキドキ、してるでしょ」


「っ!!?」


 し、しまった。急にぶっ込まれたせいで、つい。


 これじゃあ「はいそうです」と言っているのと同義だ。こんなに分かりやすい反応を取ってしまうくらい、今の俺には余裕が無いってのか?


 じぃーーっ。中山の無垢な瞳が、俺の目の奥にある感情を引っ張り出そうとばかりに。見つめてくる。


 そんなコイツに対して俺ができるせめてもの抵抗は、自分からは決して目を逸らさないこと。それしか、思いつかなくて。


 中山と、何秒もの間。見つめ合う。


 そして、中山の綺麗な瞳を輪郭として捉えていた俺の目のピントが徐々に徐々にズームアップされたところで固定され、そこに映る自分の姿を認識した、その刹那。むず痒さで我慢できなくなって俺の方から視線を外すーーーーコンマ数秒前に。中山が、口を開いたのだった。


「もっとドキドキしてるところ、見せて」


「〜〜っ!!」


 同時に俺の身体を走ったのは、太ももを発信源とした電流のような衝撃。


 それにより、結局俺の方から視線を外してしまって。下へと急降下することにより視界に捉えたのは、俺の太ももの上を伝う、スラリとした手。中山の……歴とした、女子の手だった。


「唐揚げと、触らせてくれた事へのお礼。するね」


「お、お礼って。何する気だよ……」


「まだ誰にも触らせてないところ、触らせてあげる」


「はぁ!? おま、ちゃんと自分で何言ってるか分かってんのか!?」


「わ、分かってるよ! その……雨宮なら別に、いいかなって……」


 どうなってんだよ、マジで。


 もしかしてコイツ……いや、そんなわけない。これまでそんな素振り、これっぽっちも無かったじゃないか。


 駄目だ。コイツの考えてることは、ちっとも分からない。


 でも、俺が分かるまで、なんて。中山は待ってくれない。


 俺の中で一つの結論が出る、その前に。中山は太ももに添えていた手で、俺の腕を掴んでいて。そのまま、自分のところへと持っていく。


「雨宮にだけ特別、ね?」


 本気で力を入れればふり解けた。この場から逃げることもできた。その、はずなのに。


 なぜか瞬間的に、俺の頭はそれらの選択肢を全て諦めてしまった。諦めて、その手でまだ本人以外誰も触れたことのない中山の″何か″に触れることを享受してしまったのだ。


 そうなってしまってはもう、抵抗なんてどころの話じゃない。俺の手先は、中山の思うがまま。


「……どう?」



 操られて……それに、触れていた。

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