手のひらに感じたのは、ほのかな温もり。
それは、人肌特有の暖かさだ。俺は今、紛れもなく中山という″女子の地肌″に触れている。
初めての感触だった。一応、それなりに昔からモテていたし、彼女がいたことも何度もあるからな。女子の身体に触れるのは初めてではなかったはずなのだけれど。
これまで接し、触れてきたどの女子とも違う。その誰も、こんなーーーー
「…………硬っ」
「むふんっ。でしょお!?」
まさか、女子の身体に触れて「硬い」だなんて感想を言う日が来るだなんて。思いもしなかった。
俺の手先が触れたのは、中山の腹部。おそらくぎゅっと力を込めているのであろう、腹筋だった。
唐揚げと、触らせてくれたことへのお礼。もっとドキドキしているところが見たい。まだ誰にも触らせたことがないところを触らせてあげる。俺にだけ、特別に。
なんと紛らわしい言葉の数々か。俺も男子だ。正直……もっととんでもないものを想像してしまっていた。
「ほら、もっとドキドキして! 恥ずかしがってる顔……を?」
いや、うん。これはこれで、魅力的だとは思うぞ?
中山のような体型が好きな男子というのは案外多いことだろう。貧乳派が、ってのは勿論のこと、スポーティーで引き締まった腹筋に″そういう類の興奮″をする者は、決して少数派じゃない。
当然俺だって、引き締まっているか引き締まっていないかどちらがいいかと聞かれれば、引き締まっている方がいいと答える。
ただ、それはあくまで二極化した時の話だ。痩せている子と太っている子なら、みたいなことで。
まあ何が言いたいかって、要するにだな。
それは、女子の腹筋と呼ぶには硬すぎた。つまりはそういうことだ。
「あれ!? な、なんでっ!?」
「ふっ、残念だったな。俺はお腹触らされた程度でどうにかなるほど、チョロい男じゃないんだよ」
「で、でもさっきまであんなに!!」
「むはは。甘い。甘々だぞ中山。俺が麗美ちゃんせんせ以外の女子相手にドキドキなんて、させられるわけなかろうて」
「むうぅ……っ!!」
そうだ。俺は今、やっと正気に戻ることができた。
さっきまでのは中山の急な行動に驚かされたり、言動に勘違いさせられたり。そういったものが色々重なって気の迷いが起きたに過ぎない。……きっと、そうに決まってる。
自分に、必死にそう言い聞かせて取り繕うかのように。言葉を続ける。
「誰にも触らせたことがないところ、なんて言うもんだからびっくりはさせられたけどな。まさかそれがお腹だったとは。胸とかならともかく……ああ、その平たいのじゃそれも無理か!」
「なっ!? なあぁっ!?」
「いいか、お前が俺をドキドキさせようなんて百年早いんだよ! 麗美ちゃんせんせを超える大人の色気でも手に入れてから出直してくるんだな!!」
ドドンッ! ようやくペラが回り始めて気持ちよくなってきた俺は、凄みを利かせて。言った。
途端、みるみるうちに中山の顔は真っ赤っかになっていく。
俺をドキドキさせようとして……実際に、させられると思って。自信満々にお腹を触らせた結果がこれだからな。そりゃあ赤面くらいするというもの。その心中はいかほどなものか。
(ああ、そうだ。この表情だこの表情!)
そうして中山の顔に浮かび上がったのは、つい数分前に俺が求めた″羞恥と悔しさに満ちた″表情。まあなんか色々と流れは狂ったが。ようやくそれを拝むことができたな。
いやあ、危なげこそあったけれども。やっぱり俺は、大人な女性ーーーー麗美ちゃんせんせのことが大好きなのだと。再確認することができた。
そりゃあ男の性ってやつで不意に今日のようなイレギュラーこそ発生する時もあるけれど。それはもう仕方のないことだ。割り切るしかない。
大切なのは、そこに恋心ってやつが芽生えているかどうかだ。そしてそうなる相手は、やはり俺にはたったの一人だけ。麗美ちゃんせんせしか、いないのである。
「ほ、本当に初めてだったのに。お、おお乙女の純情を、よくも……っ!」
「お、なんだ? 言い返せるもんなら言い返してみろよ」
「ぐぬぬぬぬぬ」
勝負ありだ。こうなってしまっては、もうこの場で再び俺をさっきまでのようなドキドキ状態に戻すことはできない。
中山の表情から溢れ出る悔しさの割合が、どんどんと増えていく。まあコイツからすれば女子としての誇りを踏み躙られたのと同義だろうからな。当然か。
「ふんっ。もういい。雨宮のバカ」
「へっ、敗北宣言か。まあそう落ち込むなって。お前の身体だってちゃんと、一部の人間には需要があるから」
「……その一部じゃ、意味無いのに」
「? 何か言ったか?」
「なんでもない! こうなったらもうヤケ食いしてやる! 唐揚げ、全部食べるからね!!」
「おう。食え食え。いっぱい食ってその平たい身体をしっかり成長させるんだぞ」
「うるさいばぁか!! 言われなくても成長期だもん!! これからだもん!!!」
まあでも、そうだな。
麗美ちゃんせんせと同じような″そういう相手″としてコイツを見ることは、やはりできないけれど。
(はは、リスみてぇ)
こうやって一人の女友達として一緒に過ごす時間は……まあ、悪くはないな。