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第151話 膝枕

「大丈夫?」


「……おぅ」


 一階、渡り廊下と中庭の間にあるベンチにて。春の暖かな風を浴びながら。


 俺はーーーー身体をぐったりとさせ、分かりやすく弱っていた。


「はい、これ。マンゴーラッシー。ちゅうってして」


「わ、悪いな」


「ううん、気にしないで。弱った彼氏さんの看病も、彼女さんの大切な勤めだから」


 え? 場面がいきなり飛びすぎだって?


 まあそう言うなよ。そりゃあ、俺たちのお化け屋敷デートを楽しみにしていた人が一定数はいるんだろうけれども。


 それはあくまで、見せ場というか。何かしらのイベントが発生する前提の話なはずだ。しかし残念ながら、現実は違う。


「それにしても、まさかしゅー君があんなに早くリタイアライトを照らすなんて。想定が甘かった」


「はは、ははは……」


 そう。見せ場どころか、俺たちがお化け屋敷の中にいたのはほんの数分にも満たない僅かな時間だった。


 敗因はたった一つ。リタイアライトを、俺が持ってしまったこと。


 きっとそれを取り上げなかったのは、三葉の優しさであり油断だったのだろう。ある種命綱のような存在であるそれを俺から取り上げることには少なからず抵抗があったはずだし、加えてまさか俺がそれすぐに押すだなんて。いくらこの彼女さんでも想定できなかったのだ。


 いやな? 俺だってお化け屋敷に入った時はビビりながらも頑張ってゴールする気ではいたんだ。その気持ちには決して嘘は無い。


 だが、入ってすぐのこと。三葉と手を繋ぎ、励ましてもらいながら。一つ目の角を曲がってーーーー次の瞬間にはもう、な。


「身体が勝手に押しちゃった?」


「め、面目ない。予想はしてたけど、その。中々に幽霊役の人が″ガチ″だったからな。びっくりして、咄嗟に……」


 お化け屋敷というのはお化けに驚かされるのを楽しむ場所だ。それだというのに。


 俺は、一人目のお化けが視界に入ったその刹那。一切の躊躇なく、リタイアライトを照らしてしまった。


 無論、不可抗力だ。おそらく心の方の覚悟は決まっていても、身体はそうではなかった。やっぱり俺は……どうしようもなく、ビビりならしい。


 三葉には本当に悪いことをした。あれでは、きっとしたかったであろうお化け屋敷デートの内容のたった一ミリも達成できてはいないんじゃなかろうか。


 おまけに、軽く腰が抜けたせいでここまで肩を貸してもらう羽目になったしな。ちゃんと迷惑までかけている。


 だから……


「改めてごめんな。お化け屋敷デート、俺のせいで台無しにしちゃって」


 せめて、と。三葉の目を見ながら、謝罪した。


 元々このデートが、彼女さんによって半ば強制的に行われ、俺はそれに付き添う形だったとはいえ、だ。


 俺は一度、それをたしかに俺の意志で承諾した。なら、彼氏さんとして。このデートを完遂する″義務″があったはずだ。


 しかし、俺はそれを投げ出してしまった。故意では無いにしろ、その事実は変わらないのだ。


 だから当然彼女さんは俺に怒っていい、というか、むしろ怒って当然のはず。


 それだというのに。相変わらず、この彼女さんは。


「しゅー君。身体、力入れないでね」


「え?」


「いいから。彼女さんに身を任せて」


「あ、はいっ」


 俺の謝罪に、彼女さんは怒るどころか、微笑んでいて。


 そしてそう言って肩に手を回すと、そのままゆっくり。俺の身体を自分の方に倒していく。


「……あの、これは?」


「えへへ。彼女さんお手製、膝枕♡」


 むにっ……ふわっ。


 次の瞬間。ベンチに横たわるようにして倒された俺の頭を優しく受け止めてくれたのは、彼女さんの日々の努力によって作り上げられた極上の太もも。


 膝枕は案外寝心地が悪い、なんて。そんな噂を聞いたことがあったのだが。


 太すぎず、細すぎず。ほどよい柔らかさと細さを維持しているそれは、頭を乗せる枕としてこの世の何よりも心地が良くて。思わず頬擦りしたくなってしまうほどだ。


「ふふっ。いつもは私が甘やかされてるけど、たまには逆も悪くない」


「あ、あの。恥ずかしいんですけど」


「よしよし」


「ちょっ……」


 なぜ俺は、いきなり甘やかされているのだろうか。


 彼女さんは膝枕をするだけでは飽き足らず。そのままそっと俺の頭に手のひらを乗せ、撫でてくる。


 本人も言った通り。本当にいつもと″逆″だ。いつもは俺がなでなでする側だってのに。一体どういう風の吹き回しだ。


「お化け屋敷に入る前に私が言ったこと、覚えてる?」


「え?」


「覚えてなくても思い出して。名台詞だから」


 な、中々に無茶なことを言う。いやまあ、別に覚えてるから容易なんだけれども。


 お化け屋敷に入る前に三葉が言っていた名台詞。そんなの、あれしかない。


「俺がビビり散らかしてるところ見ても、俺への気持ちは一ミリたりとも揺るがない……か?」


「ん。よくできました♡」


 ……どうやら、気を遣わせてしまったようだな。


 俺への気持ちは一ミリも揺るがない、ね。確かに名台詞だ。


 だってそれを今ここで言われたら、三葉の考えていることも、言いたいことも。簡単に理解できてしまうのだから。


「自分でも驚いてる。まさかしゅー君への好きの気持ちは一ミリも揺るがないどころか、現在進行形で増え続けてるだなんて」


「これ以上増えるのか。末恐ろしいな」


「頼もしいって言って」


「……そうだな。確かに、頼もしいわ」


 三葉はお化け屋敷デートが中断されたことなんて、これっぽっちも気にしちゃいない。それどころか、こうして俺を励まし甘やかすという珍しい機会を手に入れられて″棚ぼた″だとすら思っているのかもしれないな。


 頼もしくて、可愛くて。俺にとっては本当に、これ以上ない彼女さんだ。


「ありがとな、三葉」


「どういたしまして。元気、出た?」


「おう。モリモリだ」


 さて。こうして頭を撫でられ、甘やかされながらのんびり……というのも、最高なのだが。


 生憎とあまり時間が無い。そろそろ、動かないとな。


「なら、もうなでなではいらない?」


「……」


「ん、そういう素直なところも好き♡」


 そうだな。あと少しだけ。



 ……五分くらいしたら、な。


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