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第152話 アイトラッキングの術

「あと五分だけ、五分だけって。結局、三十分くらいいた気がする」


「……ノーコメントで」


 それからしばらく。幾度の「あと五分だけ」を繰り返して。俺たちはようやく、ベンチを離れた。


 全く。時間が無いと言っているのに。それもこれも、彼女さんの膝枕&なでなでが気持ち良すぎたせいだ。


 しかしまあ、この数十分のおかげか。俺の元気ゲージはとっくのとうに満タンだ。ここからは休憩無しで、文化祭デートをとことん楽しみ尽くすとしよう。


「おほんっ。それより、いっぱい回りたいなら早く動き出さないとな。次はどこに行く?」


「? また私が決めていいの?」


「もちろんですとも」


 そう言って、パンフレットを手渡す。


 俺は既にあらかた目を通したのだが、見た感じお化け屋敷以外にヤバい出し物とかは無さそうだったし。三葉に選ばせてもなんら問題はないだろう。


 それにどの道、おそらくほとんどの出し物を回ることになるのだ。なら順番なんてそもそも些細なこと。俺ももちろん行きたいところはいくつかあるが、別にそれが後回しになるくらいーーーー


「じゃあ、もう一回お化け屋敷」


「ひゅっ」


 ……おっと? なんか今とんでもないこと言われた気がするんだが。


 気のせいか聞き間違いだよな? 頼む。そうだと言ってくれ。


 そう願ったのも束の間。三葉はにんまりとした笑顔と共に、言う。


「冗談。流石にそこまで鬼じゃない」


「あ、焦らせるなよ。心臓止まるかと思ったぞ……」


「ごめん。つい」


 つ、ついってなぁ……。


 そりゃあ確かに明らかなフラグを立てた俺も悪かったけども。まさかどこからともなくヤバい出し物を見つけてくるのではなく、もう一度お化け屋敷とは。いとも簡単に予想の斜め上を行くのがなんとも彼女さんらしい。


 そして、その要素は一つにとどまらず。もう一つ。


「次はしゅー君の行きたいところ行こ。私ばかり決めてたんじゃ不公平」


「へ? 俺の?」


「ん」


 そう。次は、行きたいところを言うのではなく。俺に行き先を委ねてきたのだった。


(俺の行きたいところ、か……)


 無論、そんなものは無限にある。


 だが困ったな。いきなりそんなことを言われるだなんて思ってもみなかったから。どれからにしたものか。


「すぐに決められそうにないなら直感でもいい。とりあえず行きたいところ、教えて」


 なんて。悩む俺の気持ちを瞬時に察知したのか。三葉はそう言ってさっき俺が手渡したパンフレットをしゅばばっと広げると、裏面に大きく印刷された校内案内図を指差した。


 そこには、各クラスや部室の場所、出し物の種類等々が分かりやすく記されている。これを見ればどこに何があるのか一目瞭然だ。


 俺たちが今いるのは三年生の教室が立ち並ぶ本校舎一階と、主に移動教室などで使うことになる南校舎との間の渡り廊下だ。なのでひとまずそこを中心として。案内図を一周するように、視野を動かしていく。


「そうだな……」


 どの出し物に行くか。その選定基準は、様々ある。


 それは現在地からの近さであったり、混み具合を予想してのものだったり。


 だけど、そうだな。彼女さんもこう言っていることだし。せっかくなら一旦そういうのは度外視して、直感でピンと来たところから向かうことにしようか。


「……おっ」


 そうして、色んな出し物に目を落とし続けることしばらく。


 ピンッ、と。まさしく目に入った瞬間「これだ」と思えるものを、見つけたのだった。


「決まった?」


「まあ、一応」


「へぇ……これは、予想外のチョイス」


「まだ何も言ってないんですけど」


「目の動きを追ってたから。心を読むまでもなく分かる」


「ひえぇ」


 い、言われてみれば。俺が校内案内図を眺めている間、隣からじぃっと見られている気はしていたけれども。


 まさか目の動きを見ていたとは。「忍法•アイトラッキングの術」ってか? 本当、もう。ツッコミが追いつかねえよい。


 にしても。予想外のチョイス……か。


 まあ俺も、自分でそう思う。もっとこう、俺ならなんやかんやで無難に「ザ•文化祭」ってやつを選ぶのが普通なんだけどな。


 けど、同時に。無意識のうちにこれに目を引かれ、ピンと来た理由も。それはそれで、理解できる。


 やはりそれだけ、この文化祭というイベントにおいて披露された″それ″は、俺にとって印象深くて。最も記憶に残したい大切なものだったということだろう。


 だからこそのーーーー


「二年四組、コスプレ&チェキ。ふふっ、しゅー君? 私とコスプレチェキが撮りたいの?」


「いや……これは、その」


「忍者メイドさんと撮りたいなら、着替えてくるけど?」


「…………おなしゃす」


「ん♡」


 話が早い。早すぎる。


 三葉は俺のお願いに嬉しそうな表情を浮かべて。こくりと頷くと、「ここで一分待ってて」と言い残し、渡り廊下の先へと消えていった。


 そう。俺の目的は、他でもない。宇宙一可愛い彼女さんの、宇宙一似合っている期間限定新衣装ーーーー忍者メイドさん衣装を着てもらい、共にチェキを撮ることだ。


 ちなみに分からない人のために軽く説明すると、チェキとは撮った写真をその場で印刷することのできるインスタントカメラのこと。


 写真を撮るのならスマホでいいんじゃないのか、なんて疑問を持つ人も一定数いることだろう。しかしそうすると現像に手間がかかるし、そのうえ普通すぎる。


 こればかりは一度画像検索でもしてもらわないと上手く伝わらないものなのだが。まあ要するに、チェキで撮る写真というのは特有の″味″があり、画像としての解像度や印刷されるフィルムの規格などもそれでしか再現できない特別性なのだ。


 だからチェキの本体を持たない俺からすると、それは言わばその店での限定品にも近しい価値がある。なんとしても、手に入れなければならない。


「お待たせ。宇宙一可愛い忍者メイド彼女さん、再臨」


「ん゛ん゛ッ!!」


「えへへ。彼氏さん、顔真っ赤」


「し、仕方ないだろ。まだ、慣れてないんだから……」


 ああ、それにしても。



 本当……クッソ可愛いな。

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