「ねえ見て、あの子! 一年三組のメイドさんだよね? 可愛い〜っ!!」
「ほんとだ! 私まだ行けてないんだよね〜。今も大行列になってるとこでしょ〜?」
「そうそう! 隣は彼氏君かな? カチカチになっててあれはあれで可愛いかも〜!」
階段を一階、二階と上がって。二年生のフロアについて間もなく。
まあ、分かってはいたことなのだが。ただでさえその美貌で視線を集められる三葉が忍者メイドさんになって、注目されないはずがなかった。
思えば、着替えてから向かうのではなく、衣装を取ってきてもらうだけでよかったかもしれないな。コスプレ&チェキって謳ってるわけだから絶対更衣室は中にあるだろうし。
しかし幸いにも、このあたりには彼女さんに性癖を捻じ曲げられた男子はまだいないようだ。全然見られまくるし恥ずかしいは恥ずかしいが、これなら少なくとも囲まれたり変なお願いをされたりの心配は無いと言っていいだろう。今のうちに、早く二年四組に辿り着かないとな。
多くの視線に晒される恥ずかしさと、あまりに可愛すぎる姿な三葉と手を繋いで歩くことへの緊張と。そして、たとえ(仮)であったとしてもそんな彼女さんの彼氏さんであるという誇らしさと。
多くの感情を抱えながら。少し急ぎ足で廊下を進んで。
やがて……俺たちの目の前に、二年四組の看板が現れたのだった。
「いらっしゃいませ。うおっ、可愛い……」
「あ、あはは。チェキ撮りたいんですけど、いいですか?」
「いらっしゃせ〜。もちろん! ちょうど今空いてるんでどうぞ〜!」
受付にいたのは二人の先輩。どちらも、男子。
一人は三葉の姿を見るや、すぐに視線を釘付けにされてドギマギしてしまっていたけれど。もう一人の声が大きい先輩はそうはならず、明るい接客で俺たちを教室の中へと招き入れてくれた。
「すげぇ。思ってたよりもかなり……」
「ね。本格的」
教室に入った途端。視界に飛び込んできたのは、二つの衝撃的な景色。
まず一つ目は、コスプレ&チェキのコスプレの部分である衣装の多さだ。
見たところ、その数は二十……いや、三十を超えている。特に女子用がかなり豊富で、コスプレ衣装の筆頭であるメイドさんやチャイナ服などは勿論のこと。ロリータや地雷系、セーラー服にドレスまで。幅広く取り揃えられていた。
次に二つ目、チェキの部分。
俺はてっきり力を入れているとしてもそれはコスプレの方だけで、こちらは本体とフィルムだけ用意して、あとは適当なところで撮影する感じだろうとばかり思っていたのだが。
なんと、教室の奥には写真屋さんレベルに大掛かりな撮影セットが用意されており、チェキを撮るためだけには過剰とも言えるほどの環境が整備されていたのである。
衣装といい、セットといい。一体どうやってあの数と質を用意したというのか。二年四組、恐るべし。
「一応レンタル衣装が一着三百円、チェキが一枚二百円になってます! 衣装……は、なんかもう既に着てらっしゃる?」
「いやあ、実はチェキだけ撮りたいなと。せっかくコイツがめちゃくちゃ可愛い格好なんで、記念にーーーー」
「レンタル衣装、一着ください」
「……三葉さん?」
え? 衣装、借りるんですか??
おかしいな。もう衣装はとっておきのを身に纏っているはず。一体何を考えて……はっ! まさか!
なるほど、完璧に理解した。さてはこれ、「ファンサービス」ってやつだな?
全く、粋なことをしてくれる。そうだよな。せっかくこれだけの環境があるんだ。忍者メイドさんで撮るのはもちろんのこと、もう一着くらい衣装をレンタルし、別パターンの撮影をするのもいいかもしれない。
よし、そうとなれば。彼氏さんが責任を持って至高のコスプレを吟味させていただきますよ。というか一着と言わず、俺がもっともっと課金してめぼしいやつ全部……ぐふっ、ぐふふっ。
心の中に浮かび上がった下卑た笑みが表に出ないよう堪えながら。俺は演技する意味も込めてやれやれ感を出しつつ、口を開く。
「ったく、そういうのは事前に言っといてくれよ。びっくりするだろ?」
「えへへ。実は私も、ここにはもともと目をつけてたから。チャンスじゃないかって」
いやほんと、文化祭様様だな。たったの三百円で愛しの彼女さんの別衣装が入手できるなんて。大特価もいいところだ。
そしてまさか、彼女さんも密かにここに目をつけていたとは。やはり流石の目の付け所だと言わざるを得ないな。
「レンタル衣装一着ですね! 衣装はあちらにかけてあるものから好きなものを選んでください! 着替えはあちらで!」
「ん。任せて、しゅー君。私がとっておきを選んであげる」
「よしきた。俺がとっておきを……今なんて?」
「本当、絶好のチャンスを貰えた! クラスの出し物投票で執事&メイド喫茶が負けちゃった時はがっかりしたけど、まさかこんなところで彼氏さんをお着替えさせられる機会がやってくるなんて!!」
「……へ?」
あれ。もしかして俺、とんでもない勘違いをしてたんじゃ?
さあぁっ。自分の顔から血の気が引いていくのを感じていくと共に、ゾワゾワっとした嫌な感覚が身体中を走る。
レンタル衣装一着。そう聞いて、俺はどうしてその可能性を考えつくことができなかったのだろう。
いや、理由なんて一つだ。忍者メイドさんな彼女さんを前に浮かれきって、頭がお花畑になってしまっていた。まさかこんなに簡単なことにも気づけないだなんて。何がファンサービスだ。我ながら、どれだけ……
俺は、勘違いをしていた。レンタルされた衣装は、決して彼女さんの二着目の衣装などではなく。
「〜〜♪ 執事さんな〜彼氏さん〜♪♪」
その隣に立つ、彼氏さんの。即ち他でもない、この俺が着るために、用意されたものだったのである。