「うぅっ。これ、ほんとに大丈夫なのかぁ……?」
更衣室で一人、顔を顰めながら。鏡の前に立っている自分と睨み合う。
結局止める暇もなく速攻で選ばれたコスプレ衣装を三葉に手渡されて。ここまで来ては逃げることもできないから、と。とりあえず着てみたはいいものの。
「いや、駄目だ。やっぱり素材と衣装でレベルが違いすぎる。どう見ても俺にこの格好は不相応だるぉ!?」
衣装のコンセプトは「執事服」。身体をスラリと見せる細めのスーツスタイルな上下衣装に加え、アニメの執事さんがしているところしか見たことのない″片眼鏡″まで。
手に取った瞬間からそのクオリティを前に嫌な予感はしていたのだが。実際に着てみるとより顕著に、予感が現実となって浮かび上がってきた。
誰かに感想を聞くまでもない。これはもう……完全に、服に″着られて″しまっている。
服というのは、素材のレベルがその服のレベルを超えることで初めて″着る″ことができるものなのだ。そして反対に、もしそれができなければ。今の俺みたいに、″着られる″という状態に陥るのである。
だというのに、アイツめ。なにが「彼氏さんなら絶対似合う! 宇宙一かっこいい執事さんになれる!!」だ。とてもじゃないが人前に出られる格好じゃないぞこれ。
「しゅー君? そろそろ着替え終わった?」
「っ!?」
だが、そんな俺の気持ちとは裏腹に。更衣室と外とを仕切るカーテンの向こう側から、彼女さんが呼び掛けてくる。
どうやらこうしていられるのもここまでらしい。……覚悟を、決めなければならないようだ。
「着替え終わったなら早く出てきて。じゃないとこっちからーーーーわっ」
「馬鹿たれ。入ってきていいわけないだろ」
「びっくりした。なんで顔だけなの」
「そ、それは……」
と。分かってはいるのだが。
自分に自信があって、実際にその自信に嘘偽りのない美貌を持っていて。そのうえでばっちり衣装を着こなせている彼女さんとは、違うのだ。
なんか待ちきれずに入ってきそうな勢いだったから、とりあえずそれを静止するために顔だけ出したけども。やはり俺は、この格好を自分からおっぴろげにできるほどの自信は持つことができなかった。
「彼氏さん?」
「な、なあ。本当に見せなきゃだめか?」
「……」
「すみません。なんでもないです」
でも……そうだよな。
好きな人のコスプレを見たくない奴なんていない。俺が、三葉のメイドさんを強く所望したように。三葉もまた、俺の執事さん姿を今か今かと待ち望んでくれているのだ。
ならもう、俺の自信がどうこうなんて関係ない。大切なのは彼女さんがこれを気に入ってくれるかどうか。それだけだ。
そして残念ながら。そうなると……いや、これを自分で言うのはかなり恥ずかしいことだと分かっているけれど。
三葉はどんな俺でも絶対に受け入れ、気に入ってくれる。そんな絶対的信頼があるからな。見せないわけにはいかないじゃないか。
「早く見せて。片眼鏡してくれてるだけでも充分過ぎるくらいかっこいいけど、その下にはもっともっとかっこいい執事さん衣装が隠れてるはず」
「……はい」
一度顔を引っ込め、更衣室の中に戻って。すぅっ、と。小さく深呼吸する。
相変わらず、何度見ても。とてもじゃないが自分では、これを似合っているだなんて思えない。他の人も、同じことを感じるかもしれないけれど。
少なくとも、俺のことを大好きでいてくれている彼女さんだけは。きっとーーーー
(ええい、ままよっ!!)
これまで積み重ねられてきた、彼女さんの俺に対する絶対に揺るがない「好き」の気持ち。今はただ、それを信じて。覚悟を決める。
俺の彼女さんは正直だ。その胸の内に形成された感想はきっと、一瞬にして表情に現れるはず。
だからせめて、どれだけ恥ずかしくとも。下は向かず、目を見て堂々としていよう。そんな誓いを胸に。
カーテンを……開けた。
「……」
「……」
刹那。俺たち二人の耳に響いたのは、勢いよく動くカーテンレールの金属音。
そして、出会う。執事さんな彼氏さんと、忍者メイドさんな彼女さんが。
三葉の目線は、一度俺の顔に来て。上半身、下半身、また上半身、最後に戻ってきて顔、と。俺の全身を一周していた。
かかった時間は、ほんのコンマ数秒。その間に二回も目が合って。
次の瞬間には、もう……
「っ……ぐぅっ……!」
「!? み、三葉!?」
それは、普段の華奢ながらも屈強な彼女さんからは想像もできないような姿で。
まさかそこまでの反応を示すだなんて、思ってもみなかった。だって、あの三葉が……
「おい大丈夫か!? おま、膝から崩れ落ちて!?」
「だ、大丈……ばない、かも。こんなの……こんなの……ッ!!」
十数年。物心つく前から、ずっと一緒にいた。幼なじみとして、同じ刻を過ごしてきた。
それでもこんな三葉の姿は、一度だって見たことがない。ぺたんっ、とすっかり腰が抜けたみたいにお尻を地面に付けて。
まるで、一瞬にして心の底から負けを認めたかのように。彼女さんは呼吸を乱しながら……言った。
「身体に力、入らない。こんなの……かっこ、よすぎる……♡」