あっという間に赤くなっていく耳に、紅潮する頬。瞳はハートマークに変化し、息は絶え絶えに。
表情どころか、全身が物語っていた。三葉にとってこの執事さん姿は、ドストライクであると。
「はぁっ♡ はうっっ♡ だ、だめ。目が、見れない。かっこよすぎて、おかしくなる……っ♡♡」
思えば、こうなることは必然だったのかもしれない。ああいや、これは決してナルシスト的意味合いではなく。
俺たちはお互いの存在が不可欠なものであり、同時に弱点でもある。加えてお互いがお互いに対してキラー持ちなのだ。
まあとは言っても、三葉はそもそものステータスがあまりに高すぎて、俺以外のキラーを持たない相手に対しても一瞬でHPを全て削り切るほどの火力を常時備えてしまっているのだが。そうだな、言うなれば「全方位殺戮マシーン」ってところか。そのうえで俺に対しては更にダメージをカンストさせ、オーバーキルしてしまうほどまでに火力が底上げされるって感じに捉えてもらえればいい。
え? じゃあ俺はって? 安心しろ。俺は元のステータスはかなり低いからな。全方位なんてそんな馬鹿げたチートキャラにはなりようもない。
しかし、相手が三葉となれば話は別だ。
俺という存在はズバリ、「対三葉専用ミサイル」だ。普段は平均にも満たない雑魚キャラだけれども。相手が三葉な時だけは……ダメージ量が跳ね上がり、カンストするらしい。
そりゃあ三葉からすればたまったものではないだろう。俺も忍者メイドさん衣装によってカンストダメージを被弾した者として、その気持ちはよく理解できる。
(それにしても、貴重だな。三葉のこんな顔は)
いつもいつも、俺に対しては「好き」を全開にしてくる彼女さんだ。近しい顔なら何度も見せてもらっている。
しかし、こんな。俺はの好きでおかしくなりそうになっているレベルのは、見るのが初めてだ。
大袈裟ではないかとも思う。だが、佐渡三葉という奴は、俺の知っている限りこの世の誰よりも素直な女の子だ。だからきっとこの反応には嘘も誇張も、一つもない。
今、俺の目に映っているこの光景こそが全てだ。俺がこの格好をどう思うかなど関係ない。少なくとも、俺の彼女さんは……これほどまでにないくらい、この執事さん衣装を喜んでくれているようだった。
「ったく。立てるか?」
「た、立てっ、立てるっ」
「とてもそうは見えないなぁ」
さて。そのことに関しては彼氏さんとして、嬉しい限りなのだが。
この状況、どうしたものか。本人はこう言っているものの、とてもすぐに立ち上がれるとは思えない。
別に俺としては落ち着くまで待っていてもいいんだけどな。残念ながらそうもいかないのだ。
なにせ、周りの視線がある。更衣室の前で尻餅をついて息を切らしている彼女さんと、それを眺めている彼氏さんだなんて。こんな光景、周りからどんな誤解をされるか分かったもんじゃない。あと普通に、この教室の中に更衣室は一個しかないようだからな。早く退かないと次のお客さんが来た時邪魔になってしまう。
(……仕方ない、か)
どれ、ここは一つ。たまには彼氏さんらしいことでもしてみようか。
情けないことに、俺はいつもいつも彼女さんにリードされてばかりで。……って、コイツはそうは思ってはいないかもしれないけれど。
まあとにかく、そんな感じで「彼氏さんムーブ」ってやつを全然できていない気がするからな。たまには自分から動かないと。
「よし。ちょっと失礼して」
「ぴっ!? か、かか彼氏さん!? 何して!?」
「暴れんなよ。お前に抵抗されたら敵わないし」
「へっ……っぷ!?」
三葉が下を向いているのをいいことに、俺はそっと更衣室から出て。スーツスタイルによく似合う革靴を履くと、トントンっ、と。つま先で床を蹴って履き心地を整える。
そして、そっと彼女さんの後ろに回り込んで。身体に、触れた。
「はは、やっぱり軽いな。んで……めちゃくちゃ、可愛い」
「あっ……あぁっ! あうっ!?」
そこからはあっという間だ。何せ俺の彼女さんは華奢だからな。俺みたいな非力な奴でも簡単に持ち上げることができるからな。ーーーーお姫様抱っこなんて、余裕だった。
「お、下ろして」
「いいのか? 腰ガクガクなくせに」
「ほ、ほんとにこれはだめ! まだ、目も合わせられないのに……っ!!」
いつもと、″逆″だな。
大好きな人にドキドキさせられまくってそうなってしまうのは、いつもであれば俺の方だというのに。
でも、なるほどな。こっち側も中々悪くない。
彼女さんをドキドキさせる。この快感は、きっと彼氏さんの専売特許で。他の何にも変え難いものなのだ。
結果論にはなってしまうけれど。……この衣装を着て良かった。
だって、こんなにも可愛らしい彼女さんのドギマギ姿を見られたのだから。その喜びに比べれば、羞恥心なんてもはや誤差に他ならない。
「決めた。彼女さんの腰を抜かした記念だ。このままチェキ撮ろう」
「ほ、ほんとに言ってるの!? そんな、恥ずかしいこと……」
「恥ずかしさよりもそうしたいって気持ちの方が勝ってるんだよ。どうせ逃げられないんだから観念しろ」
「うぅっ。ら、乱暴。でも、そんな彼氏さんも……はぅっ♡」
そう。その瞬間。確かに俺の中で、羞恥心を好奇心が上回っていた。
前までの俺ならたとえ同じことを思いついたとしても、恥ずかしさを乗り越え、実行まで移せていたかどうか。
そう思うと案外俺は、三葉との″こういう日々″に慣れ、成長しているのかな……なんて。思い上がりだろうか。
(まあどちらにせよ。やっぱり俺は……)
思えば、ここから。いや……もしかすると、もっと前から。カウントダウンは始まっていたのかもしれない。
え? なんのカウントダウンなのかって? まあその、なんだ。
……もう少しすれば、分かるさ。