「ん〜〜っ。やっぱりここ、落ち着く……」
「文化祭の最中でもここは人いないんだなぁ。ま、立ち入り禁止なんだから当たり前か」
文化祭の思わぬ反響によって人がごった返す校舎内ーーーーの、屋上にて。二人してゆったりとのびをしながら、春風に当たる。
「ふふっ、シフトまでちょっと休憩。イチャイチャタイム♡」
「今日は一日通して既にイチャイチャタイムばっかりな気がしますけどねぇ」
「ん、細かいことは気にしない」
現在時刻は午後三時半。俺と三葉のこの文化祭における″最後のシフト″が始まるまで、あと三十分と時間が迫っていた。
え? せっかくの自由時間があとそれだけしかないのに、休憩なんてしてる場合なのかって?
いやあ、それがな。実はここまでで、行きたかった出し物はあらかたまわり尽くしてしまったのだ。
フランクフルトから始まり、フライドポテト、ジュース、お化け屋敷、コスプレ&チェキ。その後にも縁日や幾つかの飲食店、体育館の劇やライブ……エトセトラエトセトラ、と。思い返してみても中々のハードスケジュールだった。
しかし時間が足りないと急ぎ目でまわったおかげで、こうして最後のシフト前に僅かながらも休憩時間を得ることができた。そう考えるとむしろ丁度いいペースだったのかもしれないな。
「おでかけシート、よし。さあ彼氏さん、お隣来て!」
「そんじゃまあ、おじゃまして」
流石の準備の良さだ。今日は屋上に来ない可能性の方が高かったというのに、ちゃんとおでかけシートを持ってきていたのか。
そしてそんな、予期せぬイチャイチャシチュエーションにしっかりと備えてくれていた彼女さんに可愛く手招きをされて。俺も同じように靴を脱ぎ、シートの上に腰を下ろす。
あと、この時間のために軽く買い込んでおいた食料たちも。まるで宴会でもするみたいに、並べた。
「なんか、お花見にでも来てるみたい」
「豪華なのはいいけど、ちゃんと食べ切ってくれよ?」
「任せて。私がお残ししたところ、一回でも見たことある?」
「……無いな」
「むふふんっ。でしょ?」
こうして並べてみると案外結構な量だったからな。少し心配になってしまったのだが。そんなものは無用だったか。
「はい、あーん」
「あ〜♡」
それにしても……本当、あっという間だったな。
もうこれを体感するのは何十回目になるのか。相変わらず、楽しい時間というのは過ぎるのが早い。
自由時間が始まってから既に三時間半。決して、短い時間ではなかったはずなのに。
全く、彼女さんと一緒にいるといつもこうだ。過ごす時間が幸せであればあるほど体感時間が加速するというのなら、一体俺はどれだけの幸福を感じさせられているのやら。
幸せそうに小さな口を動かして唐揚げを咀嚼する彼女さんの頭を、そっと撫でながら。俺もたこ焼きを一個摘み、しばらく噛んで。飲み込む。
(……ちょっと冷めてても、美味いな)
たこ焼きそのものの出来が良いのか。はたまた、隣に彼女さんがいることで旨みが底上げされているのか。購入から時間が経ったことで少し冷たくなっているのに、これっぽっちも不満を感じない。それどころか、熱々なものと同様なほどに美味しくて。
「やっぱり私は、甘やかされる方が好きみたい。こうやって彼氏さんになでなでされながら食べるご飯が……一番、美味しい」
「そりゃあ何より。俺も、彼女さんを甘やかしながらだとなんでも美味しく感じるよ」
「っ! えへへ、そう? やっぱり私たちーーーー」
「そうだな。お似合いカップルさんだ」
「〜〜っ!? う、うん。その、通り……」
自分が言おうとしていることを先に俺に言われるなんて、想定していなかったのか。三葉は少し動揺する姿を見せて。耳を、赤くする。
いつもの自信満々で、自分の魅力を全て駆使しながら俺を誘惑してくる、そんな彼女さんも可愛いけれど。たまにこうして見せる照れた顔もやっぱり、可愛い。
関われば関わるたび。触れ合えば、触れ合うたび。これまで知らなかった三葉の可愛いところが、いくつも見つかっていって。
初めて遠出デートをしたあの日。俺の中の三葉に対する「好き」を自覚した、あの瞬間から。そんな日々の連続だった。
「む、むぅ。しゅー君はまだ(仮)の彼氏さんなのに。期待させるようなこと、言わないで」
「悪い悪い」
不満そうにぷくりと頬を膨らませる三葉の頭をぽんぽんっ、と撫でて。ご機嫌取りでもするかのように、たこ焼きをあーんする。
そうして小さな口にたこ焼きを詰め込み、もぐもぐする様は。まるで……
(リスみたいだ)
そのあまりに可愛らしい仕草に思わず笑みを漏らしながら。じぃっ、と。その横顔を眺める。
この数時間……というか、ずっと前から。三葉への告白の言葉はどうするかって。考え続けてた。
けど、考えれば考えるほど。(仮)の恋人関係である期間が長引けば長引くほど。その言葉のハードルは上がっていってるような気がして。結局、かっこいい台詞なんて……これっぽっちも思い付きやしなかった。
だから決めたのだ。そういう″キザ″な台詞で取り繕いながらの告白なんて、やめようって。
思い返してみれば、三葉だってそうだったじゃないか。俺の宇宙一大好きな彼女さんの告白の言葉は、余計な取り繕いなどないドストレートなもので。こうやってウジウジ悩んでばかりでビビリな俺と違って、かっこよかった。
俺は、三葉のようにはなれない。これだけ好きだと言われ続けても未だに自分に自信は持てないし、根っこの部分はビビリなチキンのままだけれど。
でもそんな俺のことを、三葉は好きだって。そう、何度も何度も言ってくれた。
それに、それだけじゃなくて。
『安心して。しゅー君が私のことを好きになって、本当の恋人さん同士になろうって告白してくれる日まで。ちゃんと、待ってる』
三葉は、こんな俺を″受け入れて″くれた。一世一代の告白への返事を保留にされ、そのうえで何ヶ月も待たされるだなんて仕打ちを受けながらも。そのことに対して、ただの一度も怒ることなく。俺のことを、好きでい続けてくれたのだ。
「なあ、三葉」
「な、なに。まだ私のこと、ドキドキさせるの……?」
「ああ。悪いけど、あと一回だけな」
「っ!?」
思いの外。心は、凪いでいた。
俺のことだ。いざ告白するなんてことになったら、絶対緊張で言葉が詰まるだろうって。そう、思っていたのにな。
きっとこれこそが、「覚悟が決まった」ということの証明なのだろう。きっともう、今この瞬間に何が起こったって……この言葉は、止まらない。
すぅっ、と。小さく、息を吸う。
そして、何かを察したかのように目を見開いている三葉と視線が交錯した、その瞬間。自然と、言葉が綴られていた。
「好きだ。俺と、付き合ってくれ」