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第158話 返事

『私、しゅー君のことが好きみたい』


 それは、初めての感情だった。


 異性をーーーー男の子を好きになる。そんな経験、私には無くて。


 でも、その想いには確信めいた何かがあった。だから……告白した。


『とりあえず付き合って。いらなくなったらぽいってしていいから』


 今思えば、多分私は″焦っていた″んだと思う。


 だって私はその気持ちを自覚した瞬間、いかにしゅー君という男の子が女の子にとって魅力的な存在なのか、気づいてしまったから。


 きっと周りはみんな、私より早く初恋を経験している。十五歳なら、もしかしたら初恋どころじゃなくてその次、多い人なら次の次くらいまで。経験していたって、おかしくない。


 だとすれば。これまでも……これからも。しゅー君を″そういう目″で見る女子は多いはず。


 怖くなった。これまでは当たり前に隣にいてくれたしゅー君が……私の、初恋相手が。もし、そんな他の女子に取られちゃったらって。想像するだけで、ゾッとして。


 しゅー君は私の告白の返事を保留にしているこの期間、ずっと私に嫌な思いをさせてないかって気にしてたみたいだけど。むしろ、逆。


 たとえ(仮)だったとしても、しゅー君は私を彼女さんにして隣に置いてくれた。他の女子を見ないって、約束してくれた。


 それだけでも、本当に幸せで。


「…………え?」


「ごめん、こんなに遅くなって。待たせて……本当にごめんな」


 ああ、どうしよう。


 駄目だ、こんなの。身体も、精神も。何度も何度も、鍛錬を積んできたはずなのに。


「っ……」


「ぅえっ!? み、みみ三葉さん!?」


 止まらない。どれだけ顔に力を入れても、止めることができない。


 だって、こんなの。こんなに……なんて。思っていなくて。


 今まで人生で感じてきたどの感情よりも大きな波が、大粒の涙となって。私の頬を伝う。


 しゅー君は酷く動揺していた。わちゃわちゃと手を動かしながらどうしたらいいか分からないといった感じが、なんとも″らしい″。


 けれど、やがて。頬を一度ポリポリと掻いてから。ゆっくりとーーーー


「み、三葉ってそんな風に泣くんだな。初めて見たよ」


「……」


 逞しい男の子の腕が、私を抱きしめる。そのまま背中をとんとんされると、あまりの優しさに。じんわりと胸の内が熱くなった。


 嬉し涙が止んだのは、それからしばらくしてのこと。しゅー君に抱きしめられて身体が心地よさを感じたことで、ようやく。まともに話せる状態へと戻った。


 そして物事も考えられるようになり出すと、頭の中に一つの疑問が湧いてきて。声が震えてしまわないよう気をつけながら、問いかける。


「……いつから?」


「えっと? いつお前への好きをちゃんと自覚したか、って話か?」


「ん゛」


 心当たりが無いわけじゃない。というかなんとなく、あの時からだろうというのは検討がついている。


 けれど、やっぱり一度、ちゃんとそれを口にしてほしくて。つい、聞いてしまった。


 そしてそんな私の問いに。しゅー君は、少しバツが悪そうにしながらも。口を開いた。


「お前と初めて遠出デートした日だよ。あの日、一日の終わりにお前と別れるのが……怖くなって。もっといたいって、そう思った。それで気付いたんだ。ああ、俺は三葉のことが、大好きなんだって」


 ……やっぱり、そうだったんだ。


 どうやら私の勘は、間違っていなかったらしい。


 あの日から、明らかにしゅー君の私を見る″目″が変わった。まあまさか、その時点で既に″好き″が芽生えているとまでは思っていなかったけれど。


「それからは毎日、三葉への好きを痛感させられ続ける日々だった。びっくりしたよ。感情一つで、ここまで見える世界が一変するのかって」


(世界が、一変……)


 ああ、同じだ。


 私がしゅー君への好きを自覚した時と、同じ。


 私もあの日から、世界が一変した。幼なじみだった男の子が大好きな男の子に変わった途端、もう頭の中がしゅー君一色になっちゃって。何を考えるにしても、常にその中心にしゅー君がいた。


 それと同じことを味わってくれていたなんて。こんなに嬉しいことはない。


 だってそれはつまり、しゅー君も常に私のことばかりを考えていてくれたということの、何よりの証明だから。


 ただ……


「そっか。けど遠出デートって、二ヶ月も前……」


「う゛っ。そ、そこはツッコまないでくれ」


 好きを自覚してから告白の返事をするまで、二ヶ月。


 早いとは、とてもじゃないが言えない期間だ。もう少し……早く返事をくれてもよかったのに。


 けど、そんなところもなんともしゅー君らしい。だから別に、怒ってはいない。


 大体、今は怒ったりなんてしてる暇は無いから。せっかくこの瞬間、私は人生最大の喜びを知って″絶頂期″にいるというのに。そんな感情にはこれっぽっちだって、余力を割いてはあげられない。


「本当に悪かったと思ってるよ。言い訳するわけじゃないけど、これは俺にとって初めての恋愛だからさ。いらないこととか、色々考えちゃって……。あっという間に、こんなに時間が経ってた」


「別にいい。謝ることなんて、ない。だって私は、待つって。そう、言ったから……」


 今この瞬間も。しゅー君への好きがどんどんと溢れ出してきて、止まらない。


 そしてそんな気持ちの濁流が、やがて″蓋″をすることで必死に押さえていた心の奥底の欲望をも、解き放って。


「返事、聞いてもいいか?」


「ふふっ、返事に返事をするの?」


「えっ? あっ。そ、そうか。返事したのは、俺の方だもんな……」


「ん。でも、しゅー君が望むなら」


 心臓が躍動している。ドクンッ、ドクンドクンッ、て。


 でも、緊張なんてしてない。ただドキドキが、押さえ切れないだけだ。


「目、閉じて」


「……分かった」


 ずっと、こうしたかった。


 他の何にも変えられない、言葉のその先にある″好き″の伝達方法。本当の恋人さん同士でしか許されない……そんな行為。


 けどやっぱり、我慢していて正解だったみたいだ。


 だって、これまで一度もしなかったからこそ。今この瞬間、私たちの関係性が変わる節目に、この″特別″を捧げることができるから。


「しゅー君……」


 私も同じように、目を閉じる。


 そして、一切の躊躇なく。


「大好き♡」


 そう、伝えて。



 唇と唇を……重ねたのだった。


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